第2話 どうも暗躍します、犬君です。
たとえどんなに物語のチート野郎だったとしてたって、誰かひとりが必死で物事を動かそうとしていれば、何かしらの波長が現れるのだ。
こっちはなんとしてでも、不幸な境遇になるのが見えている若紫姫様を、お守りするつもりだ。
その手段。手段、と姫様とヒナ遊びをしていて思いついた事があった。
これはしかし、究極の手段である。やったらどこに飛び火するかわからないレベルだ。
しかし。
たとえそうであったとしたって。
「ためらう理由になったりしない」
「犬君さっきから変だわ、ぶつぶつ呟いていて」
「え、姫様に良い縁が出来れば、父君の所の北の方に、いじめられないで済むのに、と思っていたんです」
「観音様にお祈りしましょう」
「そうですね」
この時代は本当に神頼みなので、神様仏様に祈るのは珍しくない。
こっちがなんだか真剣かつ、何かあるのを感じたらしい。
姫様と手をつないで歩く廊下。そこの後に、尼君がいらっしゃる仏様や観音様が祭られている部屋。
「おや、珍しい事もあるようだね、お前と犬君が来るなんて。こんな時間に」
「犬君がわたしの縁を考えて悩んでいるから、一緒にお祈りをしに来たの」
無邪気にいう姫様。尼君はこの前私に、姫様を託すような発言をした事を思い出したらしい。
どこかいたたまれない顔だ。
確かに、こんな子供に一人の大事な孫娘を任せるような発言なのだから。
いくら私が敏い、と言われそうな気質だとしても。
しかし私は姫様に連れられるがままに、観音様に頭を下げて手を合わせて、真剣に祈った。
誰でもいい、知恵を貸してくれ。知恵だ、知恵。
姫様があの野郎、ロリコン下種野郎にとられないような手段……手段……
まて、あの野郎が、姫様に目を付けたのは藤壺の方に似ているから。
似ているという事はこの国では、限りない縁があるという事でもある。
たぶん。
そして前世の親とかそういうつながりも重視しそうな、世間。
……なら、この現状を藤壺の方に伝えられれば、もしかしたら現状を変えて見せる事が出来るかも。
大芝居が必要かもしれないし、猿芝居が必要かもしれない。
だが、もしかしたら、もしかしたら。
姫様を連れて、藤壺の方の所に飛び込めば、隠された愛人という肩書からは逃げられるんじゃなかろうか?
聡明な藤壺の方だ。自分の余波を受ける少女を憐れに思うに違いない。
それに、あのロリコン野郎が執着するほどそっくりなのだ。
帝もすぐに気に入ってくれるかもしれない。すごい手札が手に入る。そしてお守りも手に入るんじゃないか。
ぐるぐると考え出した頭が、これからの事をはじき出していく。
全てはあの野郎の先回りが必要だ。
方向性が決まった今、必要なのは尼君の承認。
最近ことのほか悩みだした尼君だ。
孫娘のためならば、多少の馬鹿をやっても許される。
そしてこの大芝居の罪を被るのはすべて私にしてしまえばいい。
夢に深い意味を見出す、オカルト満載な平安時代だ。
とある思いついた発言は、かなり危ない橋を渡るものかもしれないが。
やって見せよう。
顔を上げた私は、姫様が私を不思議そうに見ているから問いかけた。
「私の顔に何かついていますか?」
「犬君、なんだか悩み事が晴れたような顔だわ。やっぱり観音様にお祈りするのはいい事ね」
心配だったの、と頷く彼女。
ああ、純粋でいい子だなあ。
何としてでも守る、という決意がより一層深まった本日だった。
「尼君、ご相談があるのです」
お姉様に姫様をお任せした夜、私は一人、尼君の所に行った。
尼君は布団に眠っていたけれども、起き上がって話を聞く構えだ。
「実は、夢を見たのです。とても不思議な夢で……不思議で……」
「どんな夢だい、夢解きは出来ないけれど、聞いてみよう」
「肉に覆われた角を持った不思議な四つ足の獣が、姫様の枕元に立って、こう言うのです。『この娘の前世の母親が、殿上に暮らしている、この娘の先が不安ならば、その母親を頼れ』と」
尼君の顔が真顔になった。
「その四つ足の獣の特徴は? 体に鱗があったりしていなかったかい」
「言われてみれば……黄色くて金色の光に包まれていて……鱗があったような……すみません、いわれた言葉ばかりが衝撃的で、そのあたりをよくよく思い出せないのです」
「……瑞獣の一匹である麒麟かもしれない。これは一大事かもしれないね、……お前はどうするつもりだい」
「姫様を連れて、夢に従ってみたいと思っております。尼君、この頃妙な男が、姫様を引き取りたいと熱心なご様子。そして尼君はそれにうん、とは言えないのでしょう」
「そりゃそうでしょう。日陰者の愛人になる未来しか、見えていないでしょう。あんな子供っぽい娘を、年若い男が引き取りたいだなんて裏しかわからない位だよ」
尼君が、都で褒めちぎられているはずの光源氏に、言葉を濁して、姫様を頼まないのはそう言う匂いを嗅ぎつけていたからか。
確かに若い男のしもの欲望なんて、尼君くらいの人間になれば見えてくるに違いない。
「ですので、尼君、お許しいただけるなら、姫様を連れて行く事をお許しください」
こちらの顔に本気を見たのだろう。
尼君は私の顔をじっと見て言う。
「本気なんだね」
「はい。夢があまりにも気になるのです。もしも前世がそうだったら」
本当は嘘だけれど、いかにも子供の一直線な感じにしてみれば。
尼君は頷いた。
「わかった。だがそれは少し待ってほしい。そろそろ秋になるから、北山を出て都の邸に戻ろうと思っているのだよ」
「都に戻ってからならば、可能だと」
「私に黙っていきなさい。いいかい、お前は慎重だから大丈夫だろうけれど、子供だけで道を歩くのは危険なんだよ」
「はい」
方針は決まった。夢のお告げに従う事を、この時代は馬鹿だと思わない。
いける。光源氏本人が夢のお告げだなんだで、自分の息子や娘の将来を予見したのだから。
そして秋がやってきて、都に皆で戻った。戻れば行動を実行に移すまで。
「姫様、内緒のお話をしていいですか」
「なあに、犬君」
「実はこの、犬君の夢の中に、不思議な獣が現れて、姫様の前世のお母様が、殿上にいると言ってきたのです。姫様、一緒に来ていただけませんか?」
「二人だけで?」
「はい。お姉様たちは怒りそうですし、尼君は最近伏せがちで、長くない気がするんです」
「怖い事を言わないでちょうだい、でも、前世のお母様……」
母君が早くなくなってしまった若紫。つまり母親の愛情を知らない姫様に、前世という宿世の母親は魅力的な響きになったようだ。
「行くわ、あなたと。あなたの事だから、そこに行く道も分かっていたりするんでしょう」
「実はまた夢を見て、その獣に道案内されてしまったのです」
……こっちは本当である。がちで麒麟の背中に乗って、宮殿まで連れていかれましたし。
「じゃあ、いつ? いつ前世のお母様に会いに行くの?」
「明日の朝早くです。殿方がお仕事に行く前の時間なら、きっと行けますから」
期待のこもった声の姫様。
ああ、絶対に私が幸せにして見せる……とにかくロリコン野郎からは逃がす。絶対に。
決めた以上は揺らがない。頑固者だと指さして笑えばいい。
やって見せるんだよ。絶対に。
そして日が昇る寸前、私は姫様を起こして、誰も起きていない邸を出た。
築地の破れた所から、姫様を外に連れ出す時点で、姫様は、はじめての冒険にワクワクしていた。
走り回って遊びまわる子だから、秘密のお出かけ……いや、家出はワクワクするのだろう。
前世のお母様に会いに行くなんて。
……全部犬君の嘘っぱちですけれどね。
ちなみに。藤壺の方にはこれが嘘だとばらす予定だ。全部腹の中を割って話して、協力者になってもらいたい。
作中でもっとも強くて聡明な女性だから、きっと力になってくれると思う。被害者同士。
道は大体分かっている。時々牛車のために道の端に寄ったり、牛飼い童の近くに隠れるように進みながら。
とうとう殿である。
「姫様、しっかり手をつないでいてください」
「うん。もともとずっと握っているわ」
「そうでしたね」
私はとりあえず、門番の男に声をかけた。
「すみません、入れてください」
「女子供は入れないよ」
「入れてください」
「駄目だってば、ほら、お家に帰った帰った」
つまみ出そうとしてくる門番に、大声で叫ぶ。
「夢で見たのです! 私の姫様の前世の母君が、殿上にいらっしゃると! その方を探しに来たのです! 姫様は早くに母君をなくした身の上。前世の母君を探しているのです!」
「……はあ」
私がぎゃあぎゃあと騒ぎだした中身を、一度聞き流そうとした門番だったが。
数秒後、その意味に気付いて叫んだ。
「ちょっと待った、この中で待っていてくれ!」
そして私たちは、簡単に門の中に入る事に成功した。
「大丈夫なの、犬君」
「夢のお告げを無碍にしたりはしないはず、です」
光源氏の物語の中で、夢は重要な鍵だったからね。
ほどなくして、門番よりはるかに見事な衣装の男性が現れて、言う。
「話を詳しく聞かせてもらおう。私は陰陽博士の一人だ」
なるほど、夢に詳しそうな男を呼んできたか。それもそこそこの地位である陰陽博士。
私は夢を詳しく語る。特に登場させてもらっている麒麟の描写は事細かに。
道案内の夢の中で、細かく細かく麒麟は見えましたからね。
麒麟の描写を聞き続けていた陰陽博士の顔色が、はっきりと変わる。
「王の治政が素晴らしければ現れる瑞獣……そんな物が夢で現れるとは……君の夢は相当重要な夢のようだ。……あれ」
博士は姫様をまじまじと見た後に、言う。
「私は御殿の奥に入らなければならない事があったんだが……君は日の宮さまと何とよく似ている事だろう。そうだ、麒麟というめでたい獣が現れたのもそう言う事か。子供ができないのは、前世の娘が苦しい生活をしていたからに違いない」
一人納得した陰陽博士が、私たちに笑いかける。
「これから、一緒に来てもらおう。帝にこの事を話す際、君たちがいた方が通りが早いからね」
第一関門突破だ、と私は心の中で手を握り締めた。
「お母様に会えるの?」
姫様が嬉しそうに笑った。
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