月夜の下での二人の出会い

 ああ、何かひどい夢を見ていた気がする。僕はパーティーをやっていた。

 祝っているのは上っ面だけで欲だらけの人たちが集まってね。

 僕自身汚い性格をしているから人のこと言えないけどね。そしたら、森の魔女が現れて魔法で猫に姿を変えられて連れ去れる、という夢。

 最近、つかれているからそういう夢を見るのだと思う。今揺れているのも多分、馬車に乗っているからのだろう。目を開けたらきっと従者の顔が見えるはずさ。

 僕はゆっくりと目を開ける。ほら、やっぱりーー目に映ったのは恐ろしい魔女の顔だった。深いしわが刻まれる年老いた老女の顔だ。……最悪な寝覚めと言ってもいいかも。僕の手は黒くてふさふさしていた。やっぱり猫になったのだ。

 あれは夢じゃなかったということだ。

「ろくでなしのどら猫のお目覚めかえ?ここはわたしゃの森の奥。お前さん随分と早起きなんだね。まだまだよるはこれからだというのに」

 魔女は僕の顔を覗き込んでそう言った。僕は唸り声をあげて魔女の顔を引っ掻こうとする。だけど、魔女はひょいと僕を遠ざけた。僕の爪が宙を掻く。

 本当にイラつくな、この魔女は。

 人に嘘を吐くことの何がいけないんだ。人は嘘を吐く生き物じゃないのか?

 他人を騙して嘘を吐くから人間じゃないの?弱い者の大切なものを壊して、嘆き悲しむのを見て笑うことの何がいけないの?

 

「ふっ、胸糞が悪くなることしか考えんどら猫だね。まあいい。そのままだったら死んでしまうからねぇ。この森には生けるものを喰い殺そうとする化け物がうようよといる。無事に森から出られたんなら、元の姿に戻してやらんでもないよ」

 人を喰らう化け物。今までいろんな王国が騎士団やら調査団やらを送ったが、誰一人帰ってこなかったという。

 そんな恐ろしい森だ。だけど・・・、けれども、 僕一人ならーー、

 何とかなるかな、逃げれば、きっと、・・・。

 

 けれども、魔女は僕のそんな考えを見透かしたかのように笑顔になった。

「確かにガキ一匹ならそかもしれないねぇ。だけどお前さんにゃ女の子の子守をしてもらうよ。お前さんとは正反対の正直者じゃが、全てを失った哀れな小娘のな」

 ちっー正直者か。僕が一番嫌いな人種だな。そして一番苦手だ。

 自分で自分を偽る人以下の偽善者だ。丁度いい。いざという時の盾にしよう。

 すると一瞬、力強く首を握られた。痛い、痛い、痛い。ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!

 魔女が恐ろしい顔で僕の顔を覗き込んだ。

「本当に忌々しい奴だねぇ!そんなことをやったら生まれてきたことを後悔させてやるから覚悟しておきぃ!守るんじゃよ、お前さんが。唯一、人に誇れる嘘を取り上げられたただの子猫がねぇ」

 

 ゆっくりと地面に降りていき完全に森の中に入った。

 森の木々背は高く月明かりが少なくかなり暗い。

 いろんな気配があちこちからする。本当に怖い。

 魔女は僕を放り投げると歩き出した。死にたくないので僕は黙ってついていく。

 しばらく歩くと魔女は歩みを止めた。

 その先には花畑があり一人の少女が座り込んでいた。髪はぼさぼさで長いが美しい黄金色に輝いていた。頭には黄色いリボンを着けていた。

 僕は不覚にも一瞬見とれてしまった。

 少女はただ、虚ろな瞳で手に持つ一輪の花を眺めていた。

 時折、月を見上げるがその時は瞳に生気がみなぎる。が、すぐに戻ってしまう。

 ほれ見ろ正直に生きるからこうなるんだ。

 こんな奴といっしょにいたらこっちまで狂いそうだ。

 だが、人間に戻るためにはやるしかない。

「そうじゃ、やれ。わたしゃ約束を破らない。森の外に出れたら好きな願いことを一つ叶え人に戻してやる」

 そう言うと魔女は闇夜に薄れ影となって消えてしまった。

 

 ・・・さてどうしたものかな。僕は今、猫だ。というかあいつは半分死んでる。

 人を手玉に取るのは得意なんだがな、僕は。・・・そうだ!

 僕はゆっくりと少女に近づくとにゃあ、と鳴いた。少女の瞳に光が戻る。

「ね、ねこ・・・?」

 かすれたか細い声だったが僕の耳ははっきりと捉えた。僕は少女に近づくと体を少女に擦り付け、何度も何度も鳴いた。

 すると少女の瞳に光が戻る。僕の目論みどうりだ。そして何故か僕を撫ではじめる。・・・なんだか心地いいなぁ。・・・!?いけないいけない。僕は何を考えてるんだ、正直者相手に。

「私はユーニア。あなたは、そうね。ティーア、ティーアにします。よろしくねティーア」

 こいつといっしょにいると僕までおかしくなりそうだ。

 早く森から出ていかないと僕が狂ってしまう。

 僕は森を早く出るべくユーニアから飛び降りてすたすたと歩き出す。

 そして、にゃあと鳴く。するとユーニアは不思議そうにしつつもついてくる。

「お化けたちでいっぱいなのに何かあるのかな?」

 二人はゆっくりと森の外に向かいはじめた。






ーー人を騙すための技で人に寄り添うとは皮肉だなーー

 

 小さな呟きは森の声に掻き消されてしまった。

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