第12話 フラれたら〇〇に行ってみよう!

 つまりフラれたと言う事なのだろう。

 しばらくして音羽の家にも、仲人から事情が伝えられた。

 母の莉恵子は丁寧な口調で、仲人には応じていた。「あちら様にもいろいろ事情がおありでしょうから。」母はそう言って、仲人の苦労をねぎらった。

 その後、仲人からの電話が終わると、母は亜莉沙の前で怒り狂った。


「何考えてんの、あの一家!」


「正気じゃないわよ。」


 莉恵子は亜莉沙が、いつもの母からは聞いたこともない汚い言葉を吐き出して、怒りをぶちまけた。

 亜莉沙は母が怒っていることについて、正直そういう感覚は理解できなかった。

 お見合いした相手がいきなり会社を辞めたりすることは、音羽の家にとって恥をかかされた、ということのようだ。

 なんだかよくわからない。亜莉沙が振られたと思って、自分一人が怒るのは当然だが、どうして母まで怒るのか。これがお見合いというものなのか。

 よく理解出来ない母の怒りであったが、それでも亜莉沙は母が自分のために怒ってくれていることは解っていたので嬉しかった。


 母の怒りは、昌之の母の貴代子にも向けられた。


「あの人、後妻らしいわよ。」


 それは初めて聞いたことだった。


「へぇ…。」


「前妻はかなり以前に居なくなってて、その後、あの貴代子って人が来たらしいの。」


「じゃあ、昌之さんは前妻の子なの?」


「それは違うみたい。貴代子って人の子供なのは間違いないらしいわよ。」


 こんな話を母がするのは初めてで、どうして今まで話してくれなかったのかとも思ったが、それは母がこのお見合いにそれほど期待していて、だからあえて亜莉沙には黙っていたのだと思った。

 これも母の心づかいと思うべきなのだろう。

 それにしても、あの昌之にそんな複雑な家庭の事情があったとは、思いもよらなかった。


 母の怒りは収まらなかった。


「そんな親子だから、こうなるのは当然かもね。

 常識ってものがないのよ。後妻とその連れ子なんて。」


「昌之さんは連れ子だったの。」


「それがよく解らないのよ。

 仲人さんの話だと、とにかくあの貴代子って人が後妻で入ってきたときには、すでに昌之さんは生まれてたらしいの。

 ただ、それだからお父さんの子供で無いということでは無いらしいってこと。

 なんだか複雑ね。」


 母の言っていることは、なんとなく理解できた。


「つまり、昌之さんは今のお母さんが正妻でなかった時に、お父さんの子供として生まれたってこと?」


「まあ、その辺りはよく判らないんだけど…。仲人さんもよく知らないみたいなのよね。」


 仲人もそこまでの家庭の事情は詮索できないのだろう。

 亜莉沙は昌之の家庭の事情は解ったが、それ以上に、フラれたということがショックだった。

 まだ2回しか会っていない男性である。これほどまでに自分がショックを受けていることが、自分自身意外であった。

 心にぽっかりと穴が空く気分。失恋の思いである。

 それは恋愛経験豊富な亜莉沙には、今まで何度も味わってきた気分でもあった。

 意外に思えるのは、昌之に振られたためにこの気分を味わっていることである。それほど自分はあの優等生っぽい御曹司に心を引かれていたのだろうか。


 この気持ちは耐えるしかない。

 今までもそうだった。時間だけがこの心の穴を埋めることが出来る。

 問題はその時間をどう過ごすかだった。

 こうしてこの日から、亜莉沙の失恋を癒すための時間が始まった。

 もっとも失恋したからと言って、家に引きこもっているわけにはいかない。いつものように大学に行く毎日が、次の日からも続いていった。


 亜莉沙はいつものように修学院大学に着く前に、舞美にSNSで連絡を入れておいた。

 昌之にフラれたみたいだとも言ってある。

 舞美からは、いつものように明るい調子で、まあ気にしないで、次の男みつければいいよと、返事をもらっていた。

 特に心に響く言葉が書かれているわけではないが、こういう場合の親友のメッセージは、何より癒されるものだと、亜莉沙は改めて感じた。


 その同じメッセージで、舞美は今日のランチを一緒に取ろうと言って来ていたので、亜莉沙もOKと返信メッセージをしておいた。

 今日は大学の外でランチを取ることも、ついでに約束した。

 授業が終わってから、舞美と待ち合わせたのは、駅から修学院大学に向かう道を少し入ったところにある、小さなレストランである。

 修学院大学の学生たちにとっては、穴場となっている店でもある。ちょっとお高いが、それでも美味しいパスタを出してくれる。

 亜莉沙は少し早い時間に店に入り、テーブルをキープしておいた。


 SNSに舞美から今そっちに向かってると連絡が入り、すぐに舞美が店に入ってきた。

 2人はそれぞれ、ランチメニューにあるパスタを注文する。

 舞美は亜莉沙に心から同情していた。


「まあいいじゃん。フッたりフラれたりはいつものことよ。」


「うん、まあ解ってるけど。」


 亜莉沙は舞美と話していると、本当に心の穴が少しづつ埋められていくのを感じている。親友とはこういうものだと実感する思いである。


「ねえ、気分直しに出会い系行ってみない。」


 舞美は話し始めた。

 舞美が時折、出会い系という店だか場所だかで出会った男性と、割り切りで金を貰ってセックスしているのは知っていた。

 いつも舞美が行っている店は、渋谷にあると聞いていたが、最近新宿の歌舞伎町でいい男のいる店を見つけたと言う。


「そのいい男っていうのはルックスのこと? お金の払いが良いってこと?」


「両方よ。男は中年以上が多いけど、それだけお金持ってる人がいるの。

 いいバイトになるよ。」


 舞美の話では、最近これも割り切り友達から聞いて、その店を知った。これまでそこに行ったのは2回だけだが、店の雰囲気は悪くない。スタッフも礼儀正しくて印象がいい。

 そこで知り合った男性もまた、ジェントルマンでいい人だったらしい。


「渋谷の店よりかは、そこのほうがいい感じね。今日一緒に行ってみない? こういう時の気分転換になるよ。」


 亜莉沙は興味を持った。

 これまでキャバクラはやったことがあったし、金を貰って男性とホテルに行ったこともあったが、舞美のように出会い系での割り切り援助交際はしたことがない。

 失恋した心の空白を埋めるために割り切りを始める。理由としては充分な気がした。


「どう、今日行ってみない? 私も今日また行く気でいたし。それにちょっと今、お財布が淋しいしね。」


 舞美は亜莉沙を連れて行きたいようである。


「病気とか怖くないの。」


「コンドームはめれば大丈夫よ。」


 舞美は全く気にしていない様子であった。

 その舞美の気軽な様子にほだされた亜莉沙は、大学の授業が終わってから再び舞美と一緒に、歌舞伎町のその店に行ってみることにした。

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