最強すぎる魔術師は『手加減』を極めるまで勇者パーティーには戻れない

折口詠人

第一巻 / First Scroll.

脱退編

第1話 魔術師は、パーティを脱退する


 ブレンステッド大陸を覆った大魔王軍の脅威は晴れた。

 神々が遣わした勇者の率いるパーティーが、アルセイフ帝国を乗っ取った獣魔王バーセラーゼを打ち倒したのだ。

 大魔王軍が現れて以来、敗退を続けていた人類にとって、それはひとつの光明だった。

 だが、勇者パーティーが解放したのは、五大陸の内のひとつだけでしかない。

 残る四大陸で侵略を続ける、四魔王の残り三体と、諸悪の根源たる大魔王。

 そのすべてを討ち滅ぼそうと、勇者一行は新たな旅に出る。


 ……はずだった。


「メリア、その話は本当なのか?」


 勇者パーティーの一員で、結成時からのメンバーである魔術師、ウィルナー・トレイル。

 通称ウィルと呼ばれている彼は、半信半疑の表情で仲間の女神官に確認する。


「メリアが嘘を吐いてるわけがないじゃない」

「お前には聞いてない」

「私も、あなたにお前なんて言われたくありませんわ!」


 そこに横から口を挟んできたのは、ステラだった。

 魔法剣士である彼女は、勇者パーティーでは新参の部類だ。


 古代魔法王国期からの伝統である、杖とローブの典型的魔術師スタイルをこよなく愛するウィルからすると、魔術を使いながら剣も使うという、魔法剣士の戦闘スタイルは邪道に思える。


 遠距離戦での火力こそが魔術師の華だと理解しないステラと、ウィルの間では折り合いが付かないことが多いのだ。

 むくれているステラをよそに、ウィルは重ねてメリアに聞いた。


「神託で、俺が付いていくと大変なことになる、と。神様にそう言われたんだな?」

「はい……ぁの、すみません……ウィルさん……でも」


 本当なんです、とごにょごにょと呟くメリア。

 本名はメリアーノなのだが、ウィルと同じように略して呼ばれる彼女の性格は、一言でいえば——気弱。


 勇者パーティーの一員として、魔王軍の支配地を切り開いていくには、不適任と思えるほど。

 だが、彼女の神聖魔術の能力はきわめて高い。


 神聖魔術は神の奇跡であるから、信仰を持たないウィルには使えない。そのせいもあって、パーティにおける彼女の存在は大きかった。

 先日の獣魔王との決戦でも、彼女がいなければもっと危なかっただろう。


 それなのに、ウィルが少し険しい視線を向けるだけで——


「ひぅ……」


 手にした錫杖に隠れるようにして、視線から逃れようとする。

 そんなに大きな錫杖でないので、身を隠すにはほとんど意味がないのだが。


 しかし、そんな彼女の主張だからこそ、ウィルもその神託とやらを軽視できない。

 何かの間違いでは? と言って、無かったことにするには、あまりにも重すぎた。


「神託では、仕方ないな……」


 この世界には神がいる。

 神聖魔術の存在もその傍証であるし、そして何よりも——


「リオは納得していないよ」

「勇者様!?」

「はぅぅ……」


 神に召喚された勇者がいる。

 リオ・セイラー。

 ウィルが旅の途中で発見した、伝説に謳われし勇者、その今代だ。


 かれこれ三〇〇年ほど昔。

 当時、世界に突如現れた魔王フェルメノクを滅ぼしたのは、神々によって異世界から召喚された勇者だった。


 その子孫は絶えて久しいが、世界に再び闇の帳が降りようとしている今、勇者が再び現れたのは必然だった。


 この大陸では珍しい黒髪に、ドワーフの匠の手によるミスリル合金製の鎧が似合わないほどの、小さい体躯。

 町の宿屋の一室の、粗末な椅子にちょこんと腰掛けた姿は、剣士の仮装をした子供のそれだ。

 それもそのはず、勇者リオはまだ十三歳なのだった。


 だが、その戦闘力はまさに勇者の名に恥じない。

 メンバーの少ない最初期の頃は、後衛のウィルとメリアーノを護りつつ、前衛のアタッカーもこなすという、万能ぶりだった。


 年齢ゆえの未熟さはあるが、旅を続けるにつれて、その欠点も解消されてきている。

 人数の揃った現時点でも、経験も才能もあるメンバー揃いの勇者パーティーにおいて、リオは最強の一角と目されている。


 そんな勇者に、ウィルは静かに語りかけた。


「リオ……お前がそう言ってくれるのは嬉しい。だが……」

「でもも、しかしもないよ! アニキの……ウィル兄のいない冒険なんて、リオには考えらんない!」

「ああ、俺もそうだ。そうだとも」

「じゃあ……っ」


 リオの目に浮かぶ涙。

 このままこいつと冒険を続けていけたら……。

 そう思いつつも、ウィルは心を鬼にして続けた。


「だが、神託には逆らうべきじゃない」

「ウィル兄……」

「俺が付いていかないほうが良いというのなら、そうすべきだ。お前は勇者だ、リオ。世界を救う使命がある。それにだ。この世界を救ったら、神様は元の世界へ戻してくれるんだろう? 両親ともう一度会いたいって言ってたじゃないか」

「そうだけど……。でも、でも……」


 リオはまだ子供だ。

 理屈は理解できても、感情が納得できないのだろう。


 いや、ウィル自身、感情では納得していない。

 それでも……ウィルは魔術師だった。


 魔術師とは、学究の徒である。

 理論と実践を重んじる生き物なのだ。

 だから、感情の一つや二つ、ねじ伏せることはたやすい。


 黙っていたステラとメリアーノも口を挟む。


「勇者様。この世界を……救うために、どうか。私からもお願いしますわ」

「ウィルさんと一緒に行けないのは、私も寂しいです……けど、神様がそう仰るのですから……」


 わずかに落ちる沈黙。

 ここにいる全員の視線の先で、勇者は口を開く。


「リオは……リオはみんなのためにこの世界を救いたい。でも……それっ、でも……」


 強大な獣魔王と戦うときでも、迷わなかったリオがここまで悩んでいる。

 こんな決断を強いるのは、兄貴分のやることじゃない。

 納得は出来なくても、理解だけして貰えれば十分だ。


「それに、無理に付いていくと俺は死ぬかもしれない」

「え?」


 そう思ったウィルは別の切り口から説得することにした。


「俺が付いていくと大変なことになるんだろう? 大変なこと、が何を意味しているのかは分からないが、そういうことかもしれない。可能性はあるだろう? メリア」

「ぇっと……はい、ありえなくはないと思います」

「……そうね、この戦いは厳しいわ。可能性だけなら、ないとは言えない」


「ウィル兄が……死んじゃう?」


 ウィルはリオの頭に手を伸ばす。

 ぐしぐしと、その髪をかき回してやる。

 気安く触れるなとばかりに、ステラが不穏な目つきでウィルを睨んでいたが、それは無視した。


「だから、ここで別れるほうがいいってことかもな。そういうことなら、お前も分かってくれるだろ」

「……うん。ウィル兄には、怪我をしたり、死んだりして欲しくない……」


 それで終わりだった。

 勇者リオのパーティーの初期メンバーだった、魔術師ウィルナー・トレイルはその日、世界を救う冒険を終わらせた。

 死亡でも仲間割れでもない。

 あくまでも円満な、脱退。

 

 そして、それが、魔術師ウィルの新たなる旅の始まりだった。

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