夢を灯す石

 小振りな機械仕掛けの人形は、愛しい人の幼い時代を模した品だった。うすくたいらな胸のあたりに青年技師は慣れた手つきでスカルペルをすべらせる。するとそこは世界に対して、まるでちいさな窓のようにひらかれた。

 虚無がひろがる観音開きの内側に、冬の朝日が注がれる。午前の俄雨、昼の突風、夕暮れの薄い雲、夜更けの長い雨も、全てを時間をかけて青年技師は虚無に注ぎ込んだ。忘れないで持っておいきと告げて彼は最後に、夢を灯す石を人形の胸の奥底に嵌める。組み込まれている旧時代の自鳴琴が誤って回転し、応えるように一度だけ、櫛葉を弾いて高く澄んだ音を放つ。境界を失調した青年技師の耳に、音はかつての少女の笑顔となって届いた。






(#Twitter300字ss企画 第49回 お題「灯す」/ 文字数:300字 / 旧題「旅立ち、もしくは」)

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