第334話 あっちむいてほい
「ほとんど変わっていないように思うんだけど」
智香子は、みんなに告げた。
「ええと、なんか、みんなの声が微妙に聞き取りにくくなっている。
ような、気がする」
「聞き取りにくい?」
黎が、軽く眉根を寄せた。
「もっと具体的に、どういう風に聞こえる?」
「うーん、と」
考えながら、智香子はそう表現した。
「こう、ほんのちょっとだけど、くぐもった感じに聞こえる。
ほとんど変わんないんだけどね」
かなり微妙な、ほとんど気づくか気づかないかといった変化だったが、智香子は実際にそう感じていた。
「ほとんど変わんない、くらいか」
香椎さんが、神妙な表情で頷いた。
「それじゃあ、予定通りに指輪を増やしてみよう。
気のせいかどうか、それではっきりすると思うし」
「指輪のせいでチカちゃんの感覚が変わったのかどうか」
佐治さんも、その意見に頷く。
「数を増やしてみれば嫌でもわかるよね」
同種のアイテムは、必ず同一の効果を持つ。
同じアイテムを同時に複数装備すれば、その効果も倍増する。
当然のことだった。
少しずつ指輪を増やして様子を見て、智香子がギブアップをするような事態になったらその場で指輪を外せばいい。
この時点では、みんな、そんな風に考えていた。
「ま、いいけどね」
智香子は、気軽に頷く。
「弊害、というほど深刻なデメリットだとも思えないし」
でも、この現象はなんなのかなあ。
と、智香子は考え続けていた。
噂に聞いていたこの指輪の効能と、今、智香子が感じている異常とが、どうもうまく結びつかない。
もう少し実験を続けていけば、なんらかの推測ができるくらいの材料が得られるのだろうか?
そんな風に思いながら、智香子は〈叡智の指輪〉をもうひとつ、指に填めた。
「大丈夫?」
黎が、心配そうな顔をして、智香子の顔をのぞき込む。
その言葉が、智香子には微妙に間延びして聞こえた。
ああ、ひょっとして。
智香子は、この変化の意味に気づいた気がした。
「黎」
智香子は黎の顔をまともに見返して、そう提案する。
「これから、あっちむいてほいやろう」
「あっちむいてほい?」
唐突にそんなことをいわれた黎は、目を丸くして智香子の顔をまじまじと見る。
「なに、いきなり」
「ちょっと、確かめたいことがあるんだ」
智香子は、問答無用に提案したことを開始する。
「いくよ。
じゃんけんぽん。
あっちむいて……」
じゃんけんの勝率は、せいぜい半々。
せいぜい普通の範疇に収まるくらいで、智香子の運が飛躍的によくなったわけではない。
問題はその後、だった。
「ほい!」
「ほい!」
「ほい!」
智香子がじゃんけんに勝った時も、負けた時も、その後は智香子がほとんど勝ち続けている。
というより、智香子の反射神経や動体視力、その他、身体的な能力がまとめて早くなっているようだった。
ちなみに、この教室は迷宮の効果範囲内にあるわけで、黎も、累積効果を得た、普通の人間よりはよほど反応が早い。
特に黎は、その手の反応速度ということでは、六人の中で一番速い、と認識されていた。
智香子は、おそらくは最下位だ。
その、最下位の智香子が、最上位の黎を軽く翻弄していた。
あっちむいてほい、という、反応速度がものをいう遊びで。
「どういうこと?」
しばらくしてから、佐治さんが説明を求めた。
「おそらく、だけど」
智香子は、そう前置きをしてから、説明する。
「この指輪、頭の回転を早くするというより、思考もろとも神経系の働き全般を、加速する機能があるんじゃないかと」
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