第259話 乖離
〈スローター〉こと鳴嶋成行は、ごく普通の青年に見えた。
というより、自分たちのような中学生女子にさえ丁寧に接してくれることを考えると、必要以上に腰の低い人であるようにも思える。
ネット上の情報によればこの〈スローター〉は、まだ十八歳か十九歳くらい、少なくとも二十歳にはならない年齢であるはずで、その年頃の男の人というのは、もっと荒っぽい言動をする人が多いのではないか。
などと、智香子は疑問に思う。
「虐殺者」を意味する、猛々しい異名とは裏腹に、鳴嶋成行という青年の物腰には、どうにも頼りのない印象をおぼえてしまう。
無論、そんなことは智香子一人が勝手に受けた印象に過ぎないし、そんな、初対面の人物に対する印象にさして意味がないということも、智香子は重々承知をしているつもりであったが。
「この年齢であれだけの実績があれば、もっと堂々としていてもいいと思うんだけどな」
などちうことも、思ってしまうのだった。
ネット上の情報がどこまで信頼できるのか怪しいものだったが、話半分と考えても、この鳴嶋成行はすでに平均的な日本人の生涯年収を上回る資産を持っている計算になるのである。
鳴嶋成行が取得したアイテムをまともに換金すれば、ということだが、どうやら過去に鳴嶋成行がドロップ・アイテムとして入手したレアメタルについて、迷宮管理公社の職員が、
「値崩れするから、一気に市場に放出しないでくれ」
などとわざわざ頼み入ったという噂は、かなり信憑性が高いということだった。
大学に入学したばかりの年頃の人が、それだけの成果をあげれば普通はもっと増長するものではないかな。
と、智香子はそんな風に想像する。
腰が低い、というより、それだけの実績を持ってもいても、それを打ち消すだけのコンプレックスを元から抱えている人なのかも知れない。
そんな風に、想像もした。
いずれにせよ、智香子にしてみればせっかく知り合いになれた有名探索者がとっつきにくい人であるよりは、多少気弱でも普通にコミュニケーションを取れる人である方がなにかとありがたいわけだったが。
「その、鳴嶋さんは」
智香子は、〈スローター〉に向かって問いかけた。
「扶桑さんの会社に呼ばれて来た、ということなんですよね」
「そうですね」
相変わらず、フェイスガードをさげたままで表情の読めない鳴嶋成行は、あっさりと頷く。
「うちのアドバイザーにも、探索者同士のコネを作るように努力しなさいと、そういわれているので。
それもあって、こちらもお手伝いをさせて貰ってます」
「コネ、ですか?」
智香子は、軽く首を傾げた。
「それって、普通に探索者を続けていれば自然にできるものではないでしょうか?」
学校の部活として大人数パーティを組む松濤女子の場合は、別な意味で特殊なケースなのだろうが。
それを除外するにしても、探索者という存在は、パーティを組んで迷宮に入る。
それが、普通なのだ。
「普通はそうなんでしょうけど」
そういう〈スローター〉の声は、苦笑い、というのだろうか、わずかに笑いを含んでいるようだった。
「おれの場合は、その普通からかなり外れているらしくて。
実際、ごく最近、去年の年末まで、ほとんどソロでしか迷宮に入っていなかったわけだし」
あの噂は、まるっきりの誇張でもなかったのか。
智香子は、そう思う。
初心者の段階から、ほとんど独力だけで、迷宮を探索し続けた人。
智香子が想定する普通の探索者像、あまりにもかけ離れた方法論といえた。
非常識であると、そう断言してもいい。
ただし、そんなセオリーを無視した、一見して無茶なやり方でも、この鳴嶋成行は前述のようにかなり立派な成果をあげているわけで。
非常識極まる方法論を実践して成果をあげて来た探索者が、実際に会ってみると実に柔らかい物腰の人物であることに、智香子は内心で混乱していた。
対面する前に抱いていた印象と実物とが、これほど乖離している例も、なかなかないだろうな。
などと、智香子は思う。
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