第257話 奇縁

 別に智香子たちも委員会の仕事ばかりしていたわけではなく、迷宮にも入っている。

 特に、世良月と柳瀬さんが例の〈バッタの間〉の単独撃破を終えてからは、積極的にいっしょに迷宮に入る機会を作るようにしていた。

 学校のパーティに、あるいは扶桑さんの会社の人たちについていく形であるから、智香子たちだけで迷宮に入るわけではないのだが、それは別に今にはじまったことではない。

 なにより、パーティに一人以上十八歳以上の人間が含めれていないと迷宮に入れないという決まりがある以上、これは仕方がないことだっだ。

 それに、大人数で迷宮に入った方が、安全性は飛躍的に大きくなる。

 エネミーに対するパーティ構成員一人当たりの負担が減るからだったが、特に扶桑さんの会社の人たちに同行する場合、智香子たち松濤女子の生徒たちはほとんどすることがなかった。

 つまり、周囲を警戒すること以外は、ということだが。

 そうそうさんの会社のパーティに同行をする場合、智香子たち松濤女子の生徒たちの仕事は、扶桑さんの会社の顧客にあたる人たちの安全を確保することだった。

 そうした人たちを指導したり、レベリングをしたりするのは扶桑さんの会社で出した人がやる。

 智香子たち松濤女子の生徒たちは、指導やレベリングを必要とする初心者の人たちがエネミーに不意打ちをされないように、周囲を警戒する仕事を任されていた。

 そうした仕事の性質上、迷宮の中でも浅い層にしか行かないし、そんな浅い階層では脅威となるエネミーに遭遇することもほとんどないのだが、いざという時のために備えるのが智香子たちの仕事ということになる。

 智香子たちは積極的に希望を出しているため、週に二度か三度の割合でこの扶桑さんの会社のパーティに参加していた。

 浅い階層にしか行かないから累積効果的にはあまりいい影響はないのだが、その代わり、初心者の人たちに智香子たちのエネミー対処法を披露するようにいわれたり、その逆に、扶桑さんの会社で働いている探索者の人たちのやり方を間近に見る機会があったりで、なんだかんだで得るところは多い。

 そうして扶桑さんの会社で働く探索者のほとんどは、以前、初心者として扶桑さんの会社に指導を受けて独立を果たした探索者がお礼奉公的に働いているわけだったが、ごく希に、外部から誰かに紹介をされた探索者がこうしたパーティに参加をしてくることがある。


「あ」

 珍しく、世良月がそんなこえをあげた。

 この世良月はあまり口数が多くはない子で、特にこうして感情を滲ませた声をあげることはほとんどない。

「知っている人?」

 智香子は、世良月の視線を追って一人の探索者の姿を認めてから、世良月に確認をした。

「はい」

 世良月は小さく頷いた。

「母の遺品を届けてくれた人です」

「お母さんの?」

 一瞬納得しかけた後、智香子はすぐに世良月の母がどういう最後を迎えたのか思い出した。

「世良さんのお母さん、ロストしたんじゃなかったっけ?」

 迷宮内でロストした探索者の所在を知ることは、ほとんど不可能であるとされている。

 ましてや、遺品の回収したなど、智香子は聞いたおぼえがなかった。

「そういう特殊な場所が、あるそうです」

 世良月は、小さな声で教えてくれる。

「ロスとした探索者が再生されて、入ってきた探索者に挑んでくる場所が」

 特殊階層、と呼ばれる場所の一種、なのだろうか。

 そうなんだろうな。

 と、智香子は予想する。

 迷宮のことだから、それくらいのことはあってもおかしくはない。

 ただ、そんな場所が本当にあるとすれば、かなり悪趣味な場所だとは思うが。

「えっと」

 そんな風に思ってから、智香子はふとあることに気がついた。

「あの人が、世良さんのお母さんの遺品を回収したってことは……」

「再生されたうちの母と戦って、勝利した人ということになります」

 世良月は、静かな口調を崩さずに淡々と答えた。

「そうでなければ、遺品を回収できるはずがありません」

 うわ。

 と、智香子は内心でびびる。

 それはまた。

 なんとも、奇妙な因縁。

 としか、いいようがなかった。


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