第254話 足

「ところでその足、もう痛くないの?」

 一年生の二人が椅子に腰掛けてから、佐治さんが唐突に柳瀬さんに話しかけた。

「ちょっと」

 香椎さんが、慌てた様子で佐治さんを制止する。

「そんな不躾ないい方!」

「あ、いいすよ、別に」

 当の柳瀬さんは、平然としている。

「むしろ、腫れ物扱いされる方が、こっちも困るっていうか。

 痛みはまったくありません。

 もう、この状態が自然になっちゃっているんで」

 そういった後、柳瀬さんは義足の方の膝を軽く手で叩いた。

「じゃあ、訊くけど」

 今度黎が、柳瀬さんに訊ねる。

「迷宮に入った時のは、足の形が違うよね?」

「そうそう」

 柳瀬さんは頷いた。

「日常生活用のと、運動する時のとは、別の義足を使い分けてます。

 個人的には、ずっと競技用の足を使い続けてもいいんですけど、でも、あれを着けて歩いていると、気づいた人に驚かれることが多いんで。

 こっちの足だと、そんなに違和感ないでしょ?

 体育の時間とか、迷宮に入るときなんかは競技用のやつにつけ替えてますけど」

 タイツに包まれた柳瀬さんの義足は、確かにぱっと一瞥しただけでは、本来の、生身の足と区別がつかない。

 よく見ると、本来の肌色よりも白っぽい色合いなのだが、形状的には、そんなに違和感がなかった。

 他の人たちを驚かせないために、わざわざつけ替えているのか。

 と、智香子は思う。

「でも、そういうのって、割とお高いんじゃあ?」

 今度は香椎さんが、智香子も気になっていたことを訊ねた。

「ぶっちゃけ、安いものではないですけど」

 柳瀬さんはいった。

「昔と比べると、かなり安くなっているそうですよ。

 今は、素材なんかも改良されているし、それに3Dプリンターなんかも使えるようになったから」

「そんなもんなのかあ」

 佐治さんは、素直に関心していた。

「そんなもんっすよ」

 柳瀬さんは大きく頷く。

「第一、こっちはまだまだ成長期なわけで、この先もサイズ違いのを何度か買い換えることになるから。

 そんなに極端な高価なものだと、かなり困るっす」

「大変だなあ」

 思わず、智香子はそんな言葉を漏らしていた。

「お金のこと以外にも、いろいろ」

 柳瀬さんは軽い口調でそんなことをいった。

「わたしは、これに慣れることができたんすけど。

 どうしても義足に慣れない人もいますし」

「慣れない?」

 黎が、首を傾げる。

「ええっと、体重がかかる部分、義足と生身の部分との接触面が擦れて痛い、とか」

 柳瀬さんは答える。

「義足を使わないで、松葉杖を使い続けることを選択する人もいます」

「そんなもんなのかあ」

「そんなもんですよ」

 佐治さんが素直に感心して、柳瀬さんが大きく頷く。

「まあ、人それぞれっていうことで。

 どれが正解ってことはないです、こういうの。

 都合とか好みとか、使い勝手とか。

 そういうので使う人が好きに対処法を選べばいいだけのことで」


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