第187話 発見者の権利
「よし」
しばらくして、橋本先輩は誰にともなくそういった。
「もう五分以上経ったな。
これで、この円盤の現象は迷宮の影響圏外でも起こることが確定した、っと」
橋本先輩は誰にともなくそう宣言した後、自分の指の周囲を回っていた円盤を片手で掴み、指から外す。
「この後どうするんですか?」
智香子が訊ねる。
「まずは顧問の勝呂先生に報告にいって」
橋本先輩はそういった。
「それから、報告書を書いたり、ありったけの円盤をスクラップ入れのコンテナからより分けて取り出したり」
「報告書っていうのは、学校の提出する物ですか?」
「そう」
智香子が訊ねると、橋本先輩は頷く。
「それと、公社に提出するのと、両方。
まあ、どっちにしてみても、定型文に沿って書いていくだけだから、そんなに手間はかからないんだけど」
「はいはい、さっき聞いたよ」
採点中の答案用紙から顔もあげずに、勝呂先生は気軽な口調でそういった。
「報告書は、そっちで用意しておいて。
委員会のサーバにテンプレートが置いてあるから、それに沿って書いていけば問題はないと思う」
「では、そのように」
橋本先輩はそうとだけ答えて職員室を出る。
予想よりも、あっさりとしているな。
と、智香子は思った。
「こういうこと、よくあるんですか?」
そこで、橋本先輩にそう訊ねてみる。
「まあ、そこそこ」
橋本先輩はいった。
「しょっちゅう、ってほどでもないけど、それでも数年に一度くらいの割合で」
それもそうか。
と、智香子は内心で頷いた。
毎日、数十名から百名以上の松濤女子関係者が迷宮に入っているわけで。
その人数を考えると、数年に一度の割合で、ドロップ・アイテムについてなんらかの新発見をしていても、別に不思議ではなかった。
この橋本先輩が、というよりは、こうした際に委員会としてどう対処するべきなのかという方法論が、前例を参考にして固まっているのだろう。
委員会の、組織としての経験値、みたいなものか。
仮に智香子たちが、松濤女子とはなんにも関係がない探索者として、この手の発見をしたとしたら、もっと右往左往して困るんだろうな、とも思う。
最終的には公社に相談にいくことになると思うのだが。
それでも、松濤女子という歴史がある、それだけに様々な事例を経験している組織が背後についていることは、こうなってみると確かに心強かった。
委員会が使っている教室に戻った後、橋本先輩は備品のノートパソコンを取り出してなにやらタイプをしはじめる。
「発見者は、ええと、この場合、佐治さんでよかったんだっけ?」
一度手を止めて顔をあげて、そう確認した。
「発見者になると、なにかあるんですか?」
佐治さんは質問をする。
「うーんとね」
橋本先輩が説明する
「この現象について機序なんかが解明され、それを応用した商品なんかが出回ると、ほんの数パーセントだけど権利料が入ってくる」
「特許みたいなもんですか」
「まあね」
佐治さんが確認をすると、橋本先輩は頷いた。
「そういう役得も用意しておかないと、探索者が見つけたことを誰にも報告しようとしなくなるから」
今回の円盤のように、迷宮内から出てくるドロップ・アイテムの中には、奇妙な振る舞いをする物がある。
それらをそのまま放置して、あるいは秘匿して誰にも知らせない場合も、以前は多かったのではないか。
と、智香子は想像する。
だから、権利料などという物をわざわざ設定して、積極的にそうした情報を集める仕組みを作ったのだと。
「でもそれって、何年も研究してもなにもわからない、ってこともあり得るんですよね?」
「というか、そういうパターンの方が圧倒的に多いね」
佐治さんの質問に、橋本先輩が即答をする。
「現実には。
特に今回のは、かなり特殊というか、慣性だか運動エネルギーだかが関わってくるようだから、この原理が解明されたとしても、それを応用した製品が出回るのがいつになることやら」
ですよねー。
と、智香子は内心で頷く。
この円盤を資料として提供したとしても、それですぐになにかがわかるとも思えない。
実用化した製品ができるまでには、数年から、場合によっては数十年単位の研究が必要になるのではないか。
「じゃ、いいです」
佐治さんは、あっさりした口調でそういった。
「たまたま見つけただけですし。
どうしても、発見者の項目を書かなければいけないのだったら、委員会の名義にしておいてください」
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