第183話 一区切り

「ああ、できたんだ」

 迷宮から委員会の詰め所に戻ってきた千景先輩は、智香子から意見書を受け取るとそういった。

「早かったね。

 これからゆっくりと目を通すから、コピーを勝呂先生に渡しておいて。

 今の時間なら職員室にいると思う」

 今の時間なら、というより、今の時期なら、ではないかな。

 と、智香子は思う。

 期末試験が終わったばかりのこの時期、ほとんどの先生方は試験の採点作業に追われているはずだった。

 意見書のコピーは事前に何部か用意をしていたので、そのうちの何束を持って智香子は職員室へと向かう。

 しかし、紙を指定されてるとは。

 職員室まで移動する廊下で、智香子はそんなことを考える。

 どうせ、扶桑さんの会社とのやり取りは、電子データでするはずなのに。

 職員なり委員会なりでチェックを入れる際、ハードコピーがあるとなにかとやりやすいから、といわれて、わざわざプリントアウトをしていた。

 この意見書と同じ内容のPDFファイルは、委員会が管理するクラウドスペースに保存してあり、そこにアクセスが可能な関係者なら誰でも閲覧、コピーができるようになっている。

 それと同じ内容の物をプリントアウトした上で、わざわざ提出しにいかなくてはならないというのは、智香子にいわせれば資源と労力の浪費以外のなにものでもなかった。

 確かに紙の方が、画面上のデータよりは見やすいのかも知れないけど。

 そのために必要な手間よりも、その分、余計に必要となる時間の方が、智香子には無駄に思えてしまう。

 制度上の問題なのか、それとも、人間の意識の問題なのか。


「あ、できたんだ、例の」

 予想したとおり、職員室で答案用紙の束と格闘していた勝呂先生は、智香子がそばまでいって来訪した目的を口にすると、顔をあげて千景先輩と同じようなことをいった。

「思ってたよりも早く仕上がったね。

 後で目を通して、修正が必要な箇所を見つけたらこちらから声をかけるから、そこに置いていって」

「どれくらいでチェックできそうですか?」

 智香子は訊ねた。

「うーん。

 あんまり引っ張りたくないから、せいぜい二、三日のうちに連絡いれるよ」

 勝呂先生は、少し考えてからそういって。

「今は、ご覧の通り立て込んでいるから。

 できれば冬休み中に扶桑さんのところと意見のすり合わせを終わらして、新年はじめから具体的なシステムの改良作業に入って貰いたいから、できるだけ急ぐ」

「お願いします」

 智香子はそう返して、職員室を後にする。

 勝呂先生にも教師としての仕事があるわけで、智香子がいくらせっついてもそれ以上に反応が早くなることは考えられなかった。

 だとすれば、大人しく待つしかない。


「というわけで、この仕事も一区切り、ですね」

 委員会の詰め所に戻った智香子は、三人と千景先輩にそう説明をする。

「ここからしばらくは、チェック待ちということになります」

 智香子と千景先輩を除く三人が、同時に安堵のため息をつく。

「これで一区切りかあ」

「まだ終わったわけではないけど、肩の荷がおりたような気分」

 黎たち三人にとっても、今回の作業はそれなりにプレッシャーだったようだ。

「それじゃあ、その一区切りの記念に迷宮に入ってみない?」

 千景先輩が、そんなことをいい出す。

「ちょうど今、十八歳の誕生日を迎えたばかりの先輩がそこにいるし」

 千景先輩はそういった後、背後を振り返ってそこで紙コップの紅茶を飲んでいた生徒を示す。

「ん、今から迷宮にいくの?」

 その先輩は、そういって軽く頷く。

「別にいいけど。

 ただ、他のパーティの出迎えもしなけりゃならないから、せいぜい三十分くらいしか潜れないよ」

 千景先輩と同じく、その先輩は保護服を着用している。

 もう年末だもんな。

 と、智香子は思う。

 十八歳になっている先輩、ということは、おそらく最高学年の高校三年生になずはずなのだが。

 推薦とかで、すでに進路が決まった先輩方がそれなりに出はじめる時期だった。

 また、期末試験と意見書の取りまとめで忙しかった智香子たちも、ここ二週間ばかり、迷宮から遠ざかっている。

 ちょうどいいといえば、ちょうどいいのかも知れない。


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