第121話 今昔

「ローストビーフ、もう一皿頼んでもいいかな?」

「二皿でもいいくらいですね。

 これだけの人数がいれば、あっという間に消えるでしょう」

「それじゃあ、二皿とあとは」

「ロブスターのドリア、頼んでみましょう」

 佐治さんと香椎さんは、智香子が考え事をしている間にも普通に食べて次に注文する物を検討していた。

 いや、食べ放題のお店なんだけどさ、と、智香子は思う。

 この二人は、智香子ほどには迷宮関連のあれこれについて感心を持っていないらしい。

 佐治さんはもともとよく食べる方だったが、一見して華奢な体格をしている香椎さんもよく食べる。

 見ていると、ふかけんの女性陣も優に二人分以上の料理を食べているようだった。

 智香子も人のことをいえた義理ではないが、少なくとも現役の探索者とはよく食べる生物であるらしい。

「チカちゃんももっと肉食え肉」

 佐治さんは、そんなことをいいながら大皿の残っていたローストビーフを何枚か智香子の取り皿の上に乗せた。

「運動した後にタンパク質をよく取らないと、健康に悪い」

「いや、食べるけど」

 智香子は、そんなことをいいながらも取り皿の上のローストビーフにフォークを刺して口の中に運んだ。

 特に急ぐこともなく肉片を咀嚼して飲み込んでから、

「佐治さんたちは気にならない?

 その、迷宮周りのこととか」

 と、訊ねてみる。

「そういわれても」

 佐治さんは、即答した。

「難しいことを考えるのは苦手だしなあ」

「大昔の、それこそ自分が生まれる何十年も前のことを引き合いに出されても」

 香椎さんは、そういう。

「正直、他人事にしか思えない」

 それもそうか。

 と、智香子は納得をする。

 歴史的な背景とか、探索者の今後の展望とか。

 そんなものは知らなくても、考えなくても、探索者として活動をするのに支障が出るわけではない。

 むしろ、佐治さんや香椎さんの反応の方が、標準的な態度なのかも知れなかった。

「チカちゃんはそれでいいよ」

 智香子の態度からなにか察したのか、黎が、そう声をかけてくる。

「周囲を見渡して、それについてよく考える。

 それが、チカちゃんのよさだから」

 そうなのかな?

 と、智香子は心の中で首を傾げていた。

 少なくとも智香子自身は、自分がそこまで思慮深い性格であるとは思っていない。

 ただ、うん。

 他人よりは少しばかり、細かいことが気にかかる傾向はあるような気がする。

「大皿でご飯物を頼みたいんだけど」

 一陣さんとアリスさんとが、そんな会話をしている。

「シャンバラヤとパエリヤ、どっちがいいかな?」

「両方頼んじゃえば。

 この人数なら問題ないでしょう」

 結論からいうと、どちらもおいしくいただきました。

 このお店は、なにを頼んでもおいしかった。


 無事に食事が済み、お茶の時間となる。

 全員が、盛大に食べていた。

 智香子たち松濤女子の四人はジャスミンティ、ふかけんの人たちはコーヒーとか紅茶とか、それぞれに好きな物を頼んで喫している。

 葵御前だけが一人で湯飲みを抱え、梅昆布茶を飲んでいた。

 どうやら好物であるらしい。

 それはいいのだが、どうして梅昆布茶まで揃えているかな、このお店。

 と、智香子は内心で半ば呆れていた。

「さっきのはなしだけど」

 と、黎がいう。

「戦後すぐの探索者は、なんだか無茶苦茶な人が多かったって、そう聞いている。

 戦災孤児もだけど、大人の探索者もたいがいにひどかったって」

「それは誰から?」

「ああ、刀自から」

 智香子が問いかけると、黎は即答をする。

「あの人、その時代の生き証人だから」

 生き証人、って。

 智香子は、唖然とした。

 いったい何歳になるのだろうか。

「終戦の年に十二歳だったそうです」

 智香子の疑問を見透かしたかのように、葵御前がそんなことをいった。

「ってことは」

 智香子は、頭の中ですばやく計算をする。

「八十……」

「八十五歳の誕生日を、ついこの間祝ったばかりですね」

 葵御前は、澄ました表情でそういった。

「まだまだ壮健な方でいらっしゃいます」

「そのお婆さんが元気なのはいいことだが」

 秋田さんが口を開いた。

「そんなに凄かったのか?

 その、初期の探索者っていうのは?」

「迷宮を管理する公社さえなく、それどころか探索者という言葉さえまだなかった時代ですからね」

 葵御前はいった。

「みんながこう、手探りで迷宮を攻略していたような状態で、結果としてかなりユニークな探索者として育っていったらしいと、そのように刀自から聞いています」

「手探りで、か」

 秋田さんはそういった頷いた。

「いわれてみれば、確かに。

 前例がないんだもんな。

 いきなり迷宮なんてもんが出て来たら、それぞれが思う方法で中に入っていくしかない」

「探索者用の装備など開発されていないことはもちろんですが、当時は極端な食糧不足でしたから、みんな危険を顧みずに競うようにして迷宮に入っていったそうです。

 世の中の情勢が落ち着いてきたら、今度はドロップする資源を目当てにして」

 その当時の混乱した様子が、智香子には漠然とであるが、想像できるような気がした。

 智香子たちのように気軽な気持ちで、ではなく、当時の人たちは、もっと差し迫った必要性から決死の覚悟を持って迷宮に挑んだ。

 そのはずなのだ。

「でも今は、その時と比べて遙かに安全に迷宮に潜れるようになっているよね」

 早川さんが、そう指摘をする。

「安全確実な、信頼性の高い装備は開発されているし、それに、迷宮での戦い方なんかも蓄積されている」

 迷宮出現当時と今とでは、なにもかもが違うだろうな。

 と、智香子もその言葉に頷いていた。

 探索者を取り巻く環境、装備などの物理的な物から大小様々なノウハウなどのソフト面に至るまで、七十年以上に渡る蓄積は伊達ではないのだ。


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