第88話 お守りのニーズは?

「そのお守り、やはりおまけで貰っている子が多いんだけど」

 その日の引率役であった松島先輩はそういった。

「一応、効果はあるみたいなんだよね。

 パーティ全員がそのお守りを持っていると、少しだけドロップ率もあがるようだし」

 微妙な効果だな、と、智香子は思う。

 松濤女子探索部は大人数でパーティを組むことが多い。

 少なく見積もっても十名以上が同じお守りを持って、それでほんの少しアイテムがドロップをする確率が増えるだけとは。

 やはり、微妙だなあ、と、智香子としては感じてしまうのであった。

 流石は、〈幸運補正(極小)〉。

「ま、そんなんでも、なにもないよりは遙かにマシだよ」

 松島先輩は意外に真剣な面持ちになって、そういう。

「そんな小さな幸運でも当てにしたくなるような状況って、迷宮の中では割とあるから」

 その時の智香子には、

「そんな些細な幸運を当てにしたくなる」

 ような状況というのが、詳しく想像できなかった。

 かなりシビアな状況であることは、なんとなく理解できるのだが。

 上級生は、普段からそんなシビアな攻略をやっているのだろうか?

「いやいや。

 別に好きでそんな状況に飛び込んでいるわけではなくってさ」

 智香子の表情を読んだのか、松島先輩はそう続ける。

「基本、うちの部活はかなり安全に注意を払ってやっているわけだけど、でも、迷宮が相手だとね。

 なにかとこちらの期待から外れた事態に陥ることもあるわけで」

「ああ」

 智香子はあっさりと頷いた。

「迷宮、ですからね」

「そう」

 松島先輩も、頷く。

「迷宮だから。

 なにが起こっても、不思議ではないんだ」

 智香子もついこの間、イレギュラーのシカ型に遭遇したばかりだった。

 階層ごとにエネミーが出没する傾向などはかなり定まっているのだが、なにかの拍子に、その階層には出てこないようなエネミーが姿を現すことがあった。

 エネミー以外の面でも、経験則によりある程度の対策は立てられるのだが、そうした前例からはみ出る事例がつきまとうのが、迷宮という場所の特色なのである。

 そして、そうした迷宮においては。

「たとえ極小であるにせよ……」

「幸運補正があるとなしとでは、かなり違ってくると思う」

 智香子がいいかけた言葉を、松島先輩が引き取った。

 つまり、たとえ〈極小〉であっても、あるのとないのとでは大きく違ってくるということだった。

 智香子が漠然と想像していたよりは、遙かにシビアな状況に陥る……こともある、世界なのだな。

 そう、智香子は思う。

 だが今の時点では、智香子たち一年生はそこまでシビアな状況に遭遇をした経験がない。

 これは智香子個人に限定されたことではなく、一年生全員がこれまで大きな怪我もせずに過ごしてきている。

 先輩方がよく監督をし、決して無理な攻略をさせなかった成果だった。

 多分、松濤女子は、より安全な方法を模索しながら何十年もかけてこうした新人の育成法を固めて来たのだろう。

 ここで探索者としてのノウハウをおぼえることができたのは、かなり幸運なことではないのか。

 とも、智香子は思った。

 他の探索者がどんな育ち方をしているのか、智香子は詳しい事情を知らなかったが、多くの探索者は個人営業だと、そう聞いている。

 だとすれば、師事をする人によっては、かなり当たり外れがあるのではないか。

 少なくとも、松濤女子ほどの安定性が望める場所は、それほど多くはないだろうな。

 と、そう思った。


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