第69話 反省会の反省会
「でも青島先輩のあれはないよね、マジで」
「あの装備いくらしたと思っているんだろ?
うちの親が迷宮が危ないからって無理して出してくれてんのに」
「使うなって、あれ、プロテクターが無駄だってこと?
先輩たちも使っている人、大勢いるじゃん」
などという同級生たちの愚痴を聞きながら智香子は、
「なんで自分はここにいるのだろう?」
という疑問を抱きつつ、小さくなっている。
いや、もちろん今日パーティを組んだ同級生たちに誘われ、断る口実を思いつけずにずるずるとついて来てしまったから、ではあるのだが。
智香子の隣に座っている黎が、智香子とは違ってかなり悠然とした様子でアイスティかなにかのストローを啜っているのがまだしもの救いだった。
ここは迷宮のビルにテナントとして入っている飲食店のうちの一つ。
全国でチェーン展開をしているイタリアンレストランで、かなりリーズナブルなお値段であることで知られている。
迷宮内のテナントは探索者という金払いのいい客層に向けたお店が多いので、こうした若干チープ目のお店はかえってお客が少なく、均一料金のドリンクバーもあるところから松濤女子探索部員の利用者も多い。
単純に、比較的空いていて中高校生の小遣いでも長居ができる、そんなお店であったからだ。
早く終わってくれないかなあとか思いつつ、智香子は同級生たちの愚痴を流して聞いている。
こうして愚痴をいっている同級生たちにしたって、なにをおいても自分たちの命を守ることを優先させるという青島先輩の発言全般が反論のしようがない正論であることは、理解しているはずなのだ。
しかし、正面切って反論ができないからこそかえって鬱屈を抱え込むということは往々にしてあるもので、こうして先輩方の目のないところで不満をぶちまけずにはいられないのだろう。
それは別にいいのだが。
「こっちまで巻き込まないで欲しいかな」
と、智香子は思った。
公然と愚痴っている子たちは智香子がガチ勢と呼んでいる、つまりはかなり高額な装備品を購入している子たちで、同じ探索部員であっても智香子はこのガチ勢の子たちはこれまで積極的に絡んでこなかった。
なんとなく、つき合っても楽しくなさそうだったから。
最初に「パーティを組まないか」と誘ってきた香椎さんも一応はこのガチ勢に含まれているわけだが、今の香椎さんは熱心に愚痴っている子たちの顔を漫然と眺めているだけで、なにもいわない。
この子も、なにか読めない子だな。
と、智香子は考える。
高価な装備品を惜しみなく使うガチ勢のうちの一人、ではあるのだが、なにか他の子たちは雰囲気が違っている気がする。
「三嗣さんが軽装なままなのは、なぜ?」
ふと会話が途切れた時、唐突にこの香椎さん黎に向かって訊ねた。
「今の段階では必要ないから」
黎は、気負った様子もなく即答する。
「そういう装備が必要なくらい深い層に入るようになったら、委員会に申請して適当なのを見繕って貰えばいいし。
それに、早い段階から装備品を頼りにする癖がつくと、攻撃を避ける勘が鈍るって知り合いにいわれているんだよね」
「お知り合いって、迷宮に入っている人?」
「うん、そう」
香椎さんが確認をすると、黎はあっさりと頷く。
「あの人には敵わないからなあ。
まあ、いうことを素直に聞いておいた方が無難だよ」
黎が以前に「お姉さん」と呼んでいた人のことだろうか、と、智香子は思う。
ただこの黎の場合、他にも知り合いか身内に探索者がいるというようなことも、いっていたような気がする。
その辺の黎についての詳しい事情は、智香子もこれまで無理に聞き出そうとはしていなかった。
「じゃあ」
香椎さんはそっと息を吐いてから、いった。
「きっと強い人なんでしょうね、その人。
わたしの父も探索者で、そのせいもあって松濤女子を受験したんだけど……父は六年と少し前、わたしが小学生になる直前にロストしたわ」
静かな口調でかなり重い事実をカミングアウトされたので、智香子を含めたその場にいた同級生たちが顔をこわばらせる。
「ロストする前はかなり羽振りがよかったし、貯金も保険金もたっぷっりあったからお金に困ることはなかったけど、でも母がね。
わたしにも探索者になれって、そう強要するの。
今の装備も、その母にあんたは父親のようになるなって無理に押しつけられたもので。
あの人は、うん、ずっと父に依存しているだけの人だったから。
今度はわたしに依存したいみたい」
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