第41話 シャワールームにて

「いやいやいや」

 その日は別パーティとして智香子と同じようにバッタの間に挑んでいた黎とシャワールームでばったり出会い、そこでそういわれた。

「わたしたち、まだまだチュートリアル段階だから。

 本番前にこれだけスキル生やしていることの方が、むしろ珍しいくらいなんだけど」

 事情通の黎によれば、迷宮に入った時間が二百時間にも満たないのに、これだけスキルを生やしている方がどちらかというと異常だという。

「松濤女子の方法っていうのは七十年以上かかって練られているわけだから、探索者としての成長効率としては異常にいいんだよね」

 とも、つけ加えた。

「その効率のいい方法を、他の場所でもしていないのはなぜ?」

 智香子は、ふと思いついた素朴な疑問を、黎にぶつけてみる。

「ええと」

 数秒考えてから、黎はゆっくりとした口調で答えた。

「それは、松濤女子のような条件が揃った場所が、他にはないから、かな?

 これだけの人数が、ほぼ同時期に探索者としてスタートするってこと、他ではまずないでしょ」

「……んー」

 智香子は、黎がいった内容を少し考えてみた。

「人数と、それにタイミング、一斉に探索者としての活動をはじめる、っていう二つの条件、か」

 いわれてみれば、数百名の探索者を、一斉に育成しはじめる場所は、他にはないような気がする。

 数十人の探索者が問答無用にバッタの間に挑んだから、今の智香子たちがあるわけで。

 それが、いちいち探索者の意向次第で人数が揃わなかったりしたら……うん、やっぱり、松濤女子以外の場所では、そもそも新人探索者の足並みを揃えること自体が、かなり難しい気がする。

「バッタの間を使ったレベリングが、松濤以外の場所ではそもそもできないのかあ」

 智香子は、感慨深げにそう呟いた。

 人数と、それに有無をいわせず「とにかくやれ!」と強要できるということは、この場合、立派な力ではあるのだ。

 学校の部活という環境下では、その二つの条件が容易に揃ってしまう。

 あと、同じようなことができる集団といえば……。

「……軍隊?」

 何気なく呟いた智香子の言葉に、黎が反応する。

「そう」

 黎は、あっさり頷いた。

「国防軍とか在日米軍では、バッタの間を使ったレベリングをやっているみたいだね。

 あくまで噂では、ということだけど」

 とにかく、姿勢の探索者が同じことをやろうとしたら、それこそ数十人から数百人という規模の、探索者の集団をまず作らなければならない。

 普通に探索者を育成するよりは、遙かに難度が高そうだった。


「今、なんのスキルを持っていたんだっけ?」

「ええと。

〈鑑定〉と〈フクロ〉、それに、今日生えた〈ヒール〉の三つのはず」

「……なんだか、便利なスキルばかりじゃないか」

 その手の、ある意味では実用的な系統のスキルを一つも習得していない黎は、呆れた口調でそういった。

「こっちは、〈強打〉と〈俊敏〉だけだよ」

「あともう一つ、〈二刀流〉も生えているよ」

〈鑑定〉のスキルを使用した智香子が、黎に教えた。

「やっぱり、今日生えたんだ。

 やったね!」

「ああ」

 黎はがっくりと肩を落とした。

「また、戦闘系のスキルか」

 なんだか二人して、自分にはないスキルをうらやましがっているな。

 そんなことをいい合いながら、二人で笑った。



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