第三章 暗転 9-1
9-1
エンパイア・スカイタワーの周辺を、治安維持隊の車両が取り囲む。タワーそのものが閉じた状態にある以上、包囲網を敷いたところでそこまで意味はないのだが、やらないよりはましだということだろうか。
ジミー・ディランは何となしにそんなことを考えながら、レイフの背中について車両の間を抜けていった。タワー入口、ホログラムによる障壁のすぐ目の前では、超越者の二人、マイケル・スワロウと八鳥愛璃が作戦本部のある部屋を見上げていた。
「おお、レイフさん!」
レイフ・クリケットの姿に、スワロウが一瞬頬を緩めたが、その後ろにいたジミーの姿をみて怪訝そうな顔になった。
「ええと、アンタ誰? レイフさんの知り合い?」
「まあそうだね、うん。ジミー・ディランといいます。初めまして」
「あ、俺はマイケル。よろしく。しかし、レイフさんにお友達がいたなんてな」
断じて違う。少なくとも、レイフの方はジミーと親しいとは微塵にも思っていないはずだ。そして、友人だと言われたことに対しても何も感じていないのだろう。そういう人間だった。
彼の代わりに否定するのも、少々面倒くさい。別にそう認識されたところで問題はなかろうと諦め、ジミーは上を向いたまま何の反応も示さない八鳥に対して問いかけた。
「状況はどういう感じですかね、お嬢さん」
「どうもこうもない。見ての通りだ」
彼女は組んでいた腕をほどくと、ジミーの方に向き直り、親指で赤いホログラムの箱に覆われたビルを指さした。
「エンパイア・スカイタワーは、今『侵入不可領域』に指定されている。我々でも入ることができん。これが、物理的な障壁ならば破壊できたのだがな。それはそうと、お嬢さんという呼び方はやめろディランとやら。某の名前は、八鳥愛璃だ。だいたい貴殿の方は幾つだ」
「永遠の十だ……」
「三十六」
さらりと実年齢を暴露したレイフを睨みつけていると、彼女は目を丸くして言った。
「そんなにか。すでに、四十を超えているものかと」
「そんなにかはこっちの台詞ですよそれ! そんなに老けて見えますかね、僕」
「煙草吸っているからじゃないか?」
「レイフ。君、さっきから余計な事言い過ぎだよ」
「付け加えると独身だ」
「その情報絶対いらないよねえ!」
レイフ以外の三人が、思わず吹き出してしまったが、その笑いも長くは続かなかった。やがて彼らの視線は、まるで示し合わせたかのようにタワー最上階へと引き付けられた。
この場にいる誰もがわかっているのだ。全ての決着がつくときが、もう間もなくだと。そしておそらくは治安維持隊の勝利に終わるだろうが、本来ならありえない可能性を実現しかねないのが、今回の敵であるということも。
もっとも、軽く御影側に肩入れしていたジミー・ディランとしては、治安維持隊最高戦力の三人と一緒にいるという肩身の狭すぎる状況に、胃がねじ切れんばかりのストレスを感じていたが。御影奏多が敵かと聞かれれば、微妙だと答えるしかない。
今、自分たちにできるのはただ一つ。ここで、事態の経過を見守ることだけだ。
そういえば、いろいろと迷惑をかけてしまったティモ・ルーベンスはどこにいるのかとジミーは一瞬考えたが、探すのが面倒だったため、速やかに彼の存在を記憶から消し去った。
厄介ごとは、忘れるに限る。もっとも、上層部の皆さんにそんな余裕はないだろうが。
※ ※ ※ ※ ※
タワー最上階にて。
部屋のスペースの大部分を占拠していた円卓は解体され、バリケードの代わりとして部屋を二つに区切っていた。たてられた机の後ろに身を隠し、入念に武器の手入れをしていく隊員と、座り込んだまま手持ち無沙汰でいる将官たちを眺めながら、ヴィクトリア・レーガンは窓ガラスがあった場所にもたれかかった。
「ニーラント。敵の位置は確認できないのか」
「はい。ですが、八鳥少将からの報告で、タワー突入時に際御影奏多がかなりの重傷を負った可能性があるとのことでした。おそらくはまだ、一階ロビーにいるのかと」
「ロビーに隊員を送れないのか?」
「何人かの隊員で侵入を試みておりますが、いかんせん防御壁の性能が高いので。おそらくは、物理的に壁を破壊するより、クラッキングからコンピューターを解放するほうが速く終わるものと思われます」
「かかる時間は?」
「コンピューターの方は、最低でも後一時間は必要です」
いくらなんでも、システムの復旧まで待つことはできない。正面玄関を破壊されてから、既に一時間以上が経過している。いつ敵がここに来てもおかしくなかった。
「ここに来る手段はエレベーターだけなのか?」
「はい。階段もまた防御壁で封鎖されています。それにここ、何階だと思っているんですか?」
「……八十階だったか」
プレートが四つ集結している列島に建てられたとは思えない、恐るべき超高層ビルである。地震対策は万全だと言うが、正直どこまで信用できるかはわからない。
だが、今に限って言えば、重傷を負っているという御影奏多が、階段でここまで来る可能性は極めて低いと言えるだろう。その低い可能性とやらをことごとくついてきた敵でもあるが。
「階段は本当に封鎖されているんだろうな? 実はデータをいじくられているだけで、階段の上り下りに問題が無いとかは……」
「ありませんよ。複数の階層から報告が入っているんですよ? もちろん、二、三階分ほどの移動は可能な場所は一定数ありますがね」
「だといいんだが」
こうして疑心暗鬼になるのも敵の思うつぼかと頭を抱えながらも、彼女は続いて葉巻の煙をくゆらす初老の男へと目を向けた。
「ここにいる部隊のメンタルはどうだ?」
「つい数十分前までは今の状況を飲み込めず混乱していたが、現在は落ち着いている。エレベーターから来るというのなら、たとえ超能力者が相手でも殺害はたやすい」
「元帥! 壁から離れてください!」
アーペリ中将の言葉に頷きかけていたヴィクトリアは、ニーラントの叫び声に顔を上げた。
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