第三章 暗転 6-4
6-4
――数時間前。高速道路の西入口検問にて。
『早速だが、君に話したいことがある……』
と、いきなり繋いできた通信で、御影奏多を騙しているといけしゃあしゃあと告白してきたルークに、どういった反応をしようかと迷っていたジミーに対し、ホログラムは考える暇を与えまいとするかのように次なる言葉を放ってきた。
『このままでは、御影奏多の身が危ういということはわかっているだろう?』
「いや、どの口がそれを……」
『もし自分の生徒の生存確率を少しでも上げたいなら、私に協力してくれ』
「……また、なんというか、凄いのに巻き込まれたね。彼も僕も」
もはや何を言っても無駄だと判断したジミーは、諦め顔でバイクの席に腰を掛けた。
「それで?」
『今、御影奏多とエボニー・アレインがホログラム通信を行っている。当然、今の彼のナンバーが履歴として残されるが、それを治安維持隊に開示するのを遅らせてほしい』
「遅らせてほしい? してはならない、ではなくて?」
どういうことなのか。御影奏多の居場所を常時相手に知られることは避けたいはずだった。もしそうなれば、彼は検問という難局を超えた後に更なる危機にさらされてしまう。
『そうだ。ただ、こちらがいいと言うまで開示してはならないし、しないならしないでも構わない。どちらに転んだとしても、こちらには都合がいい』
※ ※ ※ ※ ※
そして現在。中央エリアの北西にある、ターゲットが潜伏するという某倉庫。
真っ先にその場所にたどり着いた超越者、レイフ・クリケットは、予想外の人物が待ち受けていたことに首を傾げた。
「どういうことだ。私は、この場所に御影奏多がいると聞いていたのだが」
「おやおや。どういうことだっていうのは、こっちの台詞だよ。どういう理由で超越者である君が、僕みたいな下級構成員の元に来たんだい?」
こちらのことをおちょくるようなその言葉に、レイフ・クリケットは片眉を上げると、手に握る金属製の円筒をした『柄』の先についていた極薄の刃を消した。
その人物は、倉庫の外にあったコンクリート片に腰を掛け、胸ポケットから安物の煙草の箱を取り出し、一本加えてライターの火を近づけた。じりじりと、煙草の先が焙られる。レイフはため息を吐くと、『柄』を制服のポケットに滑り込ませた。
「なぜ貴様がここにいる、ジミー・ディラン」
「簡単な話さ。サボタージュだよ。ああ、挨拶をしていなかったか。久しぶりだね、レイフ」
「まあ、貴様が隊から離れて勝手をしているのは、らしいといえばらしいが……」
ゆっくりと歩み寄ってきたレイフに、ジミーが煙草の箱を突き出したが、彼は結構だと言うように右手を振った。
「お前のアカウントナンバーが、御影奏多のものとすり替えられているのはどういうわけだ」
「おや、そうなのかい? ついさっき、主要ブロックにいるのは息が詰まるからここまで出てきたんだけれども……さーて、さっぱり見当がつかないねえ」
ジミー・ディランはウェアラブル端末であるペンを取り出すと、空中にウィンドウを出現させ、ペンの先で画面を操作していく。やがて、自分の通信番号を確認したのか、彼は笑みを深いものにしてレイフへと向き直った。
「本当だ。この番号は、僕の物ではないね。アカウントナンバークラッキング事件は、まだ続いていたというわけか」
「とぼけたことを」
レイフもまた己のホログラムウィンドウを出現させ、淡々と言った。
「どうやら評議会のあの男と通じていたらしいことは、伏せておいてやる」
「……あ。バレた?」
「安心しろ。客観的に考えて、治安維持隊の外には、貴様のような立ち位置の人間も必要だ。少なくとも私は、この裏切り行為を問題視しない」
若干本気で顔を青ざめさせるジミーを、相変わらず詰めの甘い男だと無感動に眺めながら、彼はヴィクトリアへの報告内容を頭の中で整理していく。
最終的にはどうあがいても怒りのとばっちりを受けるという結論に達し、彼は速やかに連絡先を円卓では若手のケース・ニーラント少将へと変更した。
※ ※ ※ ※ ※
エンパイア・スカイタワー最上階にて。
「クソッ! やられた!」
ケースからの報告に、ヴィクトリアは机上に拳を叩きつけた。それに、ケース少将が引きつった悲鳴を上げる。彼女は歯ぎしりをして、目の前の地図を睨みつけた。
地図上では、治安維持隊隊員が、上からの指示通りに一部が北西へと向かっている。完全にこちらの戦力を分断された形だった。
アカウントナンバーのデータを管理するのは、公理評議会。そのデータを改ざんしたのも、公理評議会。ならば、御影奏多の番号を突き止められた直後に、再び他の人間の物とすり替えることもまた可能だった。
一応は外部の人間によるクラッキングだと発表している中、このタイミングで再び番号を変えるのは自らがその犯人だと告白するようなものだ。勝てばそれでいいということか。
「即刻レイフたちをこちらに呼び戻せ! 主要ブロック周りのバリケードにいる隊員らには、警戒を強めるよう伝えろ! どこからくるにせよ、バリケードを通らないことには……」
指示の途中で、爆発のそれにも似た鈍い音が、ヴィクトリアたちの耳へと届いた。
円卓が、完全に沈黙する。誰もが何事かとその場に固まるなか、いち早く我に返ったヴィクトリアは、唇を噛みしめて、音の聞こえた方向の窓へと走っていった。
主要ブロックを囲んでいたバリケードの、南西部に当たる部分が、文字通り吹き飛ばされていくのが見えた。夜闇の中でも、もうもうと粉塵が立ち込めているのがわかる。
間違いない。向こう側の超能力による一撃だ。敵ながら、動くべきタイミングを心得ている。
彼女に一拍遅れる形で席から離れこちらに来ようとする部下たちを目力のみで押さえつけ、ヴィクトリアは腹の底からの叫び声を上げた。
「公理議事堂周りの戦力を増大しろ! 今すぐに! 主要ブロックへの侵入を食い止めるのは、もはや不可能だ!」
※ ※ ※ ※ ※
主要ブロック南西部。
巨大な見えざる槍による一撃で吹き飛ばされたバリケードがあった場所に、続々と治安維持隊の人間が駆け付けるなか、御影奏多は道路の中央でバイクにまたがり、コンクリートやら移動式バリケードやらを吹き飛ばした先に人がいないことまで確認した完璧すぎる自分の仕事ぶりに至極満足気な笑みを浮かべていた。
「そこを動くな! 投降しろ!」
部隊長らしき人間の声と共に、バリケード周りにいた複数人の治安維持隊がこちらに銃口を向けてくる。御影はどう見ても犯罪者のそれにしか見えない極悪な笑みを浮かべると、(倉庫にたまたまあった)メガホンを口に近づけた。
「あー、あー。聞こえますか、治安維持隊の皆さん」
「貴様ァ!」
「このたびは、俺のためにパーティー会場を用意してくださって恐悦至極! ところで、招待状を家に忘れちまったんだが、顔パスでよろしいですかあ?」
「そ、総員、撃……」
言葉の途中で御影たちがいる大通りを台風レベルの暴風が吹き荒れ、御影に銃を向けていた者たちのみならず、上層部からの指示でまっさきに現場にたどり着こうとしていた殊勝な隊員方を吹き飛ばしていった。
青の輝きが宙を咲き乱れるなか、御影奏多の指示に従い、空気分子が一斉に法則性をもった動きをし、次から次へと豪風を発生させ、治安維持隊隊員へと襲い掛かる。この場所一帯の統制を十分乱したと判断した御影は、メガホンを放り捨て、バイクのエンジンを唸らせた。
「それじゃ、始めるとしますか!」
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