第三章 暗転 3-2



3-2



 肌がひりつくほどの緊張が、だだっ広い部屋の中を凍り付かせていく。ヴィクトリアはその雰囲気の全てを無視して告げた。


「まず一つ。ターゲットが超能力発動を阻害可能であることは、一部の人間にのみ公開するものとする。その理由は後で話す。そして二つ目。公理議事堂、エンパイア・スカイタワー、最高裁判所、及び、かの神居がある主要ブロックの住民に対し、避難勧告を発令しブロック全体を封鎖。そして、『聖域』たる公理議事堂を完全包囲し、これもまた封鎖する」


 将軍たちのうち何人かが、驚愕のあまり椅子から立ち上がった。ケニー・ニーラント少将は顔を青ざめさせ、古参であるアーペリ中将もまた、葉巻を床に取り落としている。ただ一人、レイフ・クリケットだけが彫像のように動かず、何の反応も示さなかった。


「主要ブロックの封鎖? それはあくまで机上の緊急プランであったはずです! くわえて、公理議事堂ですと?」


「正気ですか、元帥! 曲がりなりにも、政治の中心地ですぞ! そこを包囲? さらには封鎖? クーデターを起こすに近い愚行だ!」


「すでに傀儡であるとは言え、この国唯一の立法機関! なぜ公理議事堂の敷地が『聖域』と呼ばれているのか、知らないわけではありますまい! 軍隊不可侵の地ですぞ!」


「責任を取る覚悟がおありですか、元帥!」


 一人の将軍の言葉に、ヴィクトリアは鼻を鳴らした。


「責任だって? 貴様らこそ、責任を取る覚悟はあるんだろうな? 最善を尽くさず敗北したという汚名をその身に背負うことができるのか? 記者会見の原稿は用意済みというわけか」


 ヴィクトリアの言葉に、先ほどまで真っ赤になっていた男たちの顔がみるみる青くなり、さらには燃え残った灰にも似た白へと変わっていった。


 一人、また一人と、何も言うことなく着席していく。全員が席に着いたタイミングを見計らったかのように、エレベーターの到着音が鳴り、中から二人の男女が降りてきた。


 男はサングラスに革ジャンとジーンズ、女は着物姿という、およそこの空間には似つかわしくない格好をしている。しかし部屋にいる誰もが、その服装をとがめようという気すら起こしていなかった。


 超越者、マイケル・スワロウ中佐。


 同じく超越者の、八鳥愛璃大佐。


 いずれも、レイフ・クリケットに勝るとも劣らぬ実力者であり、格調高い軍隊がある程度の自由を認めざるをえなかったほどの曲者たちだった。


「二人とも、ちょうどいいタイミングで来たな」


 もはや絶句するしかない周囲を愉悦に満ちた嗜虐的な顔で眺めながら、ヴィクトリアは円卓の席に着いた三人の人間兵器へと告げた。


「このたびの作戦には、超越者からは貴様ら三名を出撃させる。何か質問は?」


「ハハッ! おいおい、正気かよ、ヴィクトリアさん! 一人の超能力者相手に、超越者を三人? 戦力過剰にもほどがあんぞ、オラ」


「一つ、質問してもいいだろうか」


 品位の欠片もない笑い声を上げて椅子にふんぞり返るマイケル・スワロウの横で、八鳥愛璃が目を細めてヴィクトリアの顔を見つめた。


「相手の生死は問わずとも?」


「無論、構わん。ターゲット、及び御影奏多は、見つけ次第貴様らの手で抹殺しろ」



  ※  ※  ※  ※  ※



 中央エリアの某大通りにて。


「……何だって?」


 ティモ・ルーベンスは、こちらをこびるように見つめてくるのが正直気持ち悪いジミーに対し、思いっきり顔をしかめてみせた。


「正気かお前。確かに情報管理局にはつてがないこともないが、ばれたら俺たちそろって首だぞ。いや、それどころか即軍法会議だな。最悪、反逆罪で銃殺だ」


「おおこわ。じゃあバレた時には、司法の皆様に全ての望みをかけることにしよう」


「裁判官も軍の意向は無視できない。今この世界の権力を握っているのは、実質治安維持隊だ。わかっているだろう」


 司法だけではなく、公理評議会の評議員も軒並み首根っこを掴まれている。唯一対抗できるのが、選挙で選ばれた政治家ではなく、裏方に徹してきた官僚組織というのは何とも皮肉な話だったが、それが現実だから仕方がない。


 その治安維持隊に身の程知らずにも喧嘩をうった犯人には、正直同情を禁じ得ない。清廉な心の持ち主である可能性も考えるとなおさらだ。治安維持隊が悪だと断じた人間にも、むしろ人格者と呼ばれるべき者たちが少なからずいることはルーベンスにもわかっていた。


 だが、それとこれとは話が別だ。


「いいか。仮にの話だ。仮にお前の言う通り、犯人があのお嬢さんの知り合いなのだとしても、この職場では同情なんて最も不必要な物なんだぞ。俺も感じるものがないことはないが」


「でも、君一人暮らしだから、もし死んでも悲しむ人いないよね?」


「いるわ、少しは! というかお前は悲しまないのかよ!」


「アハハ。悲しみたくても、僕の元同僚たちは結構な数が、あの世への片道切符を手に引退旅行でどっかいっちゃったからね。今更供養すべき人間が一人増えたところでって感じ?」


「そんな身の上でそんな結論に達するのはお前だけだ、馬鹿!」


 いやだからね、と、ジミーは顔面に拳を叩き込みたくなるほど朗らかな表情で続けた。


「生き残ってしまった僕たち大人は、次の世代の声を尊重すべきだと思うんだよ。おっさんになったら、人間はもれなく老害なんだぜ?」


 話をすり替えるなと怒鳴りつけようとしたところで、その次の世代とやらがいつの間にやらジミーの背後に立っていたことに気がつき、ルーベンスは口をつぐんだ。


 学生警備副隊長、エボニー・アレインは、ジミー・ディランの部下だとは思えないほどに見事な敬礼をすると、彼の目をまっすぐに見つめて言った。


「お願いします、ルーベンス少尉」


 思わず目を伏せたくなるが、一学生相手にそんなことをしては大人げないどころの話ではない。苦々しく思いながらもしっかりと視線を受け止める彼に、エボニーは容赦なく告げた。


「治安維持隊の意に反することはわかっています。でも、全てが終わってしまう前に、この目と耳で確かめたいんです。アイツが、本当はどういう人間なのかを」



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