第三章 暗転 2-3
2-3
エンパイア・スカイタワー最上階。
「いったいこれはどういうことなのかね! 説明したまえ、レーガン元帥!」
先ほどまでヴィクトリアしかいなかった円卓は、エレベーターに一番近い場所にある六つの席を除いた全てが治安維持隊上層部の面々で埋め尽くされていた。
初老の男ばかりで、どうにも花が無い。ヴィクトリアはそんな現実逃避気味なことを考えながら、ため息交じりに言った。
「落ち着け。円卓に断りもなく強行したことは、申し訳ないと思っている」
「謝れば済む話ではない! 中央エリアの事実上封鎖に、非常事態宣言だぞ? 本来ならば、我々円卓による十分な話し合いの後に決定されるべきことだった!」
「そもそも、ここまで強硬に進めた必要性が疑わしい」
顔を真っ赤にして気炎を上げる円卓では比較的若い男の横で、髪に白い物の混じり始めた古参の将軍の一人、アーペリ・ラハティ中将が、ゆったりと、しかし厳しい口調で続けた。
「聞けば、ターゲットはたった一人の少女だという話ではないか。アカウントナンバークラッキング事件のことを踏まえても、元帥緊急命令の発布はやりすぎでは?」
「もっともな意見ではあるな」
ヴィクトリアは比較的自分に近いその男に感謝の視線を向けつつ、左手を上げて背後に立っていたザン・アッディーンに合図を送った。
それにこたえる形で、ザンがホログラムキーボードの上で指を滑らせる。彼の操作でヴィクトリアの後ろに巨大なウィンドウが出現する。そこに表示された、ある一人の少女に関するデータに、室内は騒然となった。
顔写真のデータ以外は全て『UNKOWN』表示で、姓名のみならずアカウントナンバーまでもが不明となっている。つまり、この少女は戸籍上存在しないということだ。しかし、円卓にいる人間は全員、そのことに対しての疑問はないだろう。
「ターゲットは、忌むべきアウタージェイルリーダー、金堂真の一人娘だ。昨日の火事から行方不明になっている」
「そんな重要な情報を、なぜ今まで我々に流さなかった!」
再び噛みついてきた別の将軍に、ヴィクトリアは若干の頭痛を覚えて、こめかみを指でもんだ。お前らのほとんどが無能だからと、直球で返せればいいのだが、さすがにそういうわけにもいかない。ヴィクトリアは慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「先ほど言ったように、事態は急を要するものだった。ゆえに早期の対応をするため、情報を限られた人間にのみ共有させ、最速で隊を動かすことを重視しただけだ」
「つまり、我々の能力を疑っていたと、そういうことですか」
疑っているどころか、まったく信用していなかった。危うくそう口を滑らせそうになって、ヴィクトリアは内心引きつった笑みを浮かべつつ、淡々と続けた。
「適材適所というやつだよ。お前が担当する場所は、この事件にはそこまで関係なかった。それだけの話だ。異論はあるだろうが、時間がないからまた今度にしてくれ」
最後の最後に投げやりな口調になったヴィクトリアをとがめるように咳払いをしてきたザンにひらひらと手を振って、彼女は目つきを鋭い物とした。
「彼女が外に出ることが何を意味するのかは、皆も重々承知のはずだ。ゆえに、私は非常の事態とみなし、治安維持隊元帥令により隊を動かした。異論は認めない」
また何か言おうとしていた一人にそう釘を刺して、ヴィクトリアは円卓の面々を見渡し、厳かな口調で告げた。
「改めて、非常事態を宣言する。今この瞬間より、治安維持隊の全権限、及び、生命の一切を、私、ヴィクトリア・レーガン元帥が預かる」
公理評議会、治安維持隊、最高裁判所のさらに上に位置する、超法的統治機関、『AGE』を除けば、ヴィクトリア、ルーク、そして、金堂真の三人のみが知っていた、能力世界の仕組みと生誕の理由。ヴィクトリアは静観を、ルークが現状維持を選択するなか、金堂真はそれを容認することができず、ゆえに絶望し、信じがたい化け物をこの世に生み出した。
それが、彼女。あの男がこの世界に残した、忘れ形見。
あの少女の扱い方について、治安維持隊として確たる方針を出せなかったのは自分の落ち度だった。ルークがこの状況を放っておくはずがないと予想できなかったこともだ。
後悔をしても仕方ない。ただ、最善を尽くすだけだ。
しかし、もし仮に、彼女が現在意識を取り戻しているのだとしたら。たとえ超越者でも、超能力者である以上、彼女を抑えるのは難しいだろう。
この際、事実の一部を限られた人間に公表するのは仕方あるまい。そう判断したヴィクトリアは、剣呑な雰囲気を隠そうともしない円卓へと改めて顔を向けた。
「それでは円卓の諸君。能力世界を否定する悪魔に、正義の鉄槌を下そうじゃないか」
※ ※ ※ ※ ※
世界とは、何なのか。
なにゆえに存在し、どういうわけでそこにあるのか。
この問題。突き詰めていけばたちまち哲学の壁に衝突するのだが、ある程度一般性のある回答を人類は既に見つけている。
すなわち、五感に与えられた刺激に応じて、脳内で構成されるものが、世界そのものであるということだ。目に映るもの。耳に届くもの。手に触れたもの。それらが、『そこにある』と無条件に信じ込むことで、人は自分の周りの世界を形作っていく。だが逆に言えば、もし脳に直接、映像、音響、物体のデータを流し込んでしまえば、たとえ実際には頭にコンピューターからのケーブルを何本も繋いでベッドに横たわっていても、その現実に気がつくことは無い。
別に、ここまで問題を複雑化する必要はないかもしれない。簡単に言ってしまえば、御影奏多は今まで自分の望むように世界を見てきたし、それが『本物』であると頭から信じ込んでいた。さらに踏み込んで言えば、彼は今まで一度も、自分が超能力を使えることに対して、疑問に思ったとしてもその疑問を掘り下げることができていなかった。
そのつけが、今ここに。
自分の手足として使いこなしていた超常の力が、その持ち主へと反乱した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます