第三章 暗転 1-1



1-1



 首都トウキョウ中央エリア。そこは、政治の中心であると同時に経済の要であり、当然のことながら様々な種類の広告が氾濫する場所でもある。街のいたるところに広告用のホログラムが浮かび、建物の壁には巨大な映像が投影される。現在はまだ明るいため大したことがないが、これが夜になると途端、光り輝くホログラム群の存在を無視できなくなってくる。


 そうなる前に決着がつけばいいものだとジミー・ディランはため息を吐いて、隣を歩くティモ・ルーベンスに話しかけた。


「ねえ。どうして僕が、君に付き合わなきゃいけないわけ? 学生警備は高速での責任をとって、活動停止処分じゃないの?」


「あの一件の責任は全部犯人に押し付けといてやる。だから文句を言わずに働け。お前を遊ばせている余裕はない」


「嫌だよ。もう休みたいよ。治安維持隊の仕事が嫌だから僕は学生警備に移動したんだぜ? それなのにどうしてまた、現役並みに働かされなきゃいけないのさ」


「学生警備だって治安維持隊の傘下だろうが」


 それはそうだけどさ、と呟きつつ、ジミーは周囲へと視線を向けた。

 通常時の倍以上の治安維持隊隊員が市内を周回し、外出していた一般市民を屋内に行くよう促している。場所によっては市民側に食って掛かられている隊員もいるが、それは仕方のないことだろう。


 御影奏多が検問を突破してから約一時間。治安維持隊はついに非常事態宣言と外出禁止令を出し、中央エリアを封鎖どころか完全に機能停止状態にした。バスや電車といった交通機関も全てストップ。外に出ていた人間は問答無用で確保。一応、建前ではそうなっている。


 だが当然のことながら、たった一時間でそれが実現するわけもない。テロ対策という説明はなされていたが、それだけでは不十分だと各地で抵抗が相次いでいる。その対応だけでいっぱいいっぱいになっているというのが、治安維持隊の現状だ。


 学生警備の方はというと、エボニー・アレインは『精神的に不安定になっている』という理由で今のところは屋内待機、他の隊員はティモ・ルーベンスの部下と共に活動させている。そしてジミー自身はというと、ルーベンスと共に中央エリアを巡回中だった。


「正直、俺とお前が一緒に行動するのは、戦力過剰だろう。違うか?」


「アウタージェイル掃討作戦のときのことは覚えているよね?」


「当然だ。それがどうかしたか?」


「なら、理解しているはずだ。超能力者は基本役に立たない。大部分がお飾りだよ。じゃあ、一番役に立つのはどの分野だと思う?」


「さあな。俺が知るか」


「対超能力者戦だよ。皮肉な話だろ? 超能力者が敵に回るなんて、イコールで身内が裏切ったってことなのにね」


「つまり、何が言いたいんだ」


「今回の相手は、極めて強力な、単騎の超能力者だ。ハッキリ言って、僕らでも荷が重い」


 そう言って、ジミーが火のついていない煙草をくわえようとしたときだった。

 彼は煙草の先に、橙ではなく、目の覚めるような青の輝点が発生しているのを目撃し、大きく目を見開いた。


「ルーベンス君!」


 ジミーは煙草を吐き捨てて、元同僚を引っ掴むと、建物と建物の間に飛び込むようにして身を隠した。視界の端で、煙草が空中をくるくると回りながら落ちていく様子が映されている。が、次の瞬間、その白い棒は大量に発生した青の粒子とともに彼方へと吹き飛ばされていった。


 布を無理やり引き千切るような鋭い音が、大通りに響き渡った。およそ自然に発生したものとは思えない大規模な烈風が道路上を駆けて行き、幾人かの隊員を転倒させていく。ジミーたちがいる場所にもかなりの強風が吹きこんできて、二人の髪を逆立たせた。


「……なるほどね。そういうことか」


「うん、そういうことだよ。しかしまあ、随分派手に始まったものだねえ」


 風が収まってきたところで、ジミーとティモはその場に立ち上がり、服についた煤を適当に払いながら表通りへと戻った。何人もの隊員がかなり慌てた様子で、上司へと連絡を入れている。幸い、というか、予想通りに、けが人は一人もいないようだった。


「なあ、ジミー。おそらくは奴の仕業だとは思うが、近くにいると思うか?」


「思わないね。というか、わからないね。うん」


「じゃあもう一つ。これ、治安維持隊の戦力をそぐためのものなのか?」


「違うね。いや、とっさに隠れてはみたけど、通りにいても軽傷ですんだね」


 彼らは顔を見合わせると、互いに苦笑を浮かべた。


「面倒なことになったな、これ」


 ぼそりとそう呟いて、ルーベンスは近くにあった歩道と車道を区切るブロックに座り込んでしまった。気持ちはわからなくもない。おそらくは、後数分もしないうちに、ルーベンスの周りは部下からの通信によるホログラムで溢れかえることだろう。


 超能力者が役に立つのは、対超能力者戦。それは間違いない。しかし、更にタブーに踏み込めば、超能力者が輝くのは治安維持隊のような軍組織の活動ではない。


「いやほんと。テロリストになった超能力者ほど、たちが悪いのはいないよね」


 ジミーはげんなりとした顔で自分のホログラムウィンドウを出現させると、ちょうど入ってきた部下からの通信に応えるべく、表示された通話アイコンを人差し指でタップした。



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