第三章 暗転 1-2



1-2



 某ビル内部にて。

「いやほんと、何なんだ、敵さんは? 犯罪者の申し子か?」


 御影が聞いたらお前が言うなと即座に返すであろう台詞を宣った、普段着の上から治安維持隊のコートを羽織った女、ヴィクトリアは、ザン・アッディーンが送ってきたデータを開いたときの姿勢のまま固まっていた。


 彼女の前に浮かぶホログラムは、中央エリアの簡単な地図を表示していた。その北西あたりを中心に、多くの緊急事態を告げる報が届いて来ていることを反映して、地図が赤く染め上げられている。


 それは、ある意味で言えばヴィクトリアの想定通りだった。中央エリアに侵入を許したとしても、『聖域』までたどり着けるかどうかは話が別。いまだ外出中の一般市民を手あたり次第に調べさせれば、そのうち必ずターゲットとの接触が発生、あるいは治安維持隊の人間が奇襲を受け、それが重なっていけば敵の居場所を特定することができる。


 だが問題なのは、その緊急の報告が、ある場所を中心として半径一キロ以上の範囲に分散しているということだった。


「これでもある程度居場所がわかるっちゃわかるが……北西で見失ったんだから、北西にいるってのはわかりきった話だしなあ。いや、広すぎんだろ、これ」


 およそ二十分前に、敵をロストした場所から約三百メートル東に離れた場所で、強風が発生。隊員の何人かが軽傷。そして、そこに応援が集中したのをあざ笑うかのように、今度は西二百メートルにいた隊員が『攻撃』され、またも軽傷。以後、その繰り返しだった。


 これは明らかに、現場の指揮を乱すためのものだ。敵は既に、こちらの意図を読んでいる。それはわかるのだが、超能力者の力の及ぶ範囲が限られている以上、テレポーテーションでもしてるのではないかと疑いたくなるほどだった。


「実は敵方には超能力者もまた複数いたとか、ワープが使えるとかじゃないよな?」


「報告の内容は全て一致している。青の過剰光粒子と共に、突風が発生。数人が軽傷。明らかに一人の超能力者による犯行だ。さらに言えば、ワープができる超能力者である可能性はゼロだ」


「だよなあ。いや、わかってるよ? わかってはいるんだが……一キロ、いや、それ以上だぞ? 超能力の範囲は、そのまま個人の実力だ。ある意味で言えば超越者も凌駕してんぞ、これ」


 ヴィクトリアはホログラムから目を離すと、相変わらず能面の如く表情を固定したまま手元のウィンドウを操作しているザンへと視線を向けた。


「正体はまだわからないのか? 広範囲での能力展開を可能としている実力者。私が名前を知らないのが不思議なくらいだぞ」


「高速での目撃情報を手に入れたときから、治安維持隊のデータを片っ端から当たっているが、該当者はいないな。今のところ」


「……なんだそりゃ」


 超能力者は全体のごく少数とは言え、母集団は一万人だ。全員を精査するのは非常に難しい。だいたい、そのほとんどが軍に在籍しているだけで、実戦で能力を使ったことがないような連中ばかりだ。これほどの超能力者となると、特定は本来容易のはずなのだが。


「ルークの奴、一体全体どこからこんな駒を」


 こうも想定外が続くとさすがに楽しんでいられなくなるが、愚痴っている暇もない。敵がどのような超能力者か分からない以上、ありとあらゆる可能性を考えてことに臨む必要がある。


 この攻防の肝は一点。ターゲットの居場所を特定できるか否かだ。敵もそれをわきまえているからこそ、広大な範囲の人間を『攻撃』していくことで、捜査の攪乱及び自らの位置を突き止められないように努めている。


 単純に考えれば、敵は一連の事件が起きている地区の中心にいると予想できる。自らの限界まで超能力を展開しているという考え方だ。


 しかし、もし仮に敵の超能力の範囲が一キロからさらに遠い場所まで及ぶものだとしたらどうか。実際には、緊急事態の報告が来ている地域よりもさらに離れて移動している可能性を考えれば、さきほどの仮説は成り立たなくなる。


「……今思いついたが、敵の能力の範囲が広いよりも、能力が時限式だっていうほうが納得できるわな。仕掛けをしてから数分後に能力が発動する。それなら、移動しながら『罠』を作っていくことで、複数の場所で同時に突風を発生させることができる」


 報告が来ている場所の近くにいる可能性は濃厚。しかし、そういった可能性を全て考慮すると、単純にその地域の隊員を増員するだけでは足元をすくわれる可能性がある。


 ブラフだとしても、見事なものだ。ヴィクトリアは椅子に深く腰を沈めると、テーブルにのせた足を組み替えながら、くつくつと笑い声を上げた。



  ※  ※  ※  ※  ※



 もちろん、それはハッタリだった。


「ハァ、ハァ……ハア……」


 薄暗い通路に、荒い息がこだましている。御影奏多は膝に手をついて、肩を大きくゆらしながら、心配そうな顔をして覗き込んでくるノゾムの頭に手を置き、大丈夫だと頷いて見せた。


 この場所から地上の様子を把握し、一キロ離れた場所まで突風を起こすというのは、正直キャパオーバーもいいところだった。一応うまくいくにはいったが、偽装工作までしている暇はない。自分を中心として力の及ぶ限りの場所にちょっかいを出すのが精いっぱいだった。


 だがこれで、敵は捜査範囲を広げざるをえない。曲がりなりにも、検問を突破した直後だ。敵はそれなりに慎重になっているはずであり、だからこそ大胆な行動を取ることができる。


 御影の狙いは二つ。まず一つ目は、前述のとおり自らの居場所を隠すこと。そして二つ目は、自分が地上にいないことを悟らせないことだった。


 彼が今いるのは地下。中央エリアの下に張り巡らされた下水道の一つだった。限界を超えて能力を使用していることによる反動か、先ほどから絶え間ない頭痛に悩まされている。


「しかしまさか、あのモヒカンからの情報がここまで役に立つとはな」


 犯罪者たちが用意した、法と監視の目をかいくぐるための文字通りの抜け道。その場所を示した地図が、目の前のウィンドウに表示されている。これをうまく利用していけば、最後まで安全に『聖域』へと移動することができる。


「やれやれ。この勝負、やっと勝ち目が見えてきたぞ」


「でも、ミカゲンさっきから辛そうじゃん!」


「ミカゲンって呼ぶな、御影でいい。この程度どうってことねえから心配するな。全部かけなきゃ勝てねえんだよ。残念ながらな」



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