プロローグ 4





「……冗談だろ?」


 通信がまたもや一方的に切られた後、御影はしばらくの間、呆然とその場に突っ立っていることしかできなかった。


 ヤンキー共の相手自体はそれほど苦労しなかった。正確に言えば面倒ではあったのだが、それは問題ではない。問題なのはその後だ。御影は自他共に認める人でなしではあるのだが、さすがに意識不明の少女を前にしてそのまま立ち去れるほど人間をやめてはいなかった。


 しかし、人間失格と言われてでも、この場から立ち去るべきかもしれない。なんせ、どう考えてもこの少女は訳ありだ。関われば、まず間違いなく面倒なことになる。


 御影は、つい先ほどバイクのサイドカーの中に入れておいた少女へと目を向けた。

 長い鳶の髪の少女だった。前髪まで伸びているわけではないので、それなりに手入れはされているのだろうが、どうも本人がこだわっているわけでもないように思える。身長は推測だが、御影より頭一つ分小さいくらいか。小ぶりに整った顔に、薄桃の唇の上では少しかかった髪が呼吸で揺れている。顔の造形と肌の色からして、どうやら御影同様、エイジイメイジア原住民の血が濃いようだった。


 だが問題なのは、彼女が御影基準で『まあそれなりに美人』なことではなく、その恰好だ。

 薄い青に無地の上下。前開きで、パジャマなのだとしてもあまりにも飾り気のないその服は、どう見ても病院で入院したときに着せられる物だ。まさかヤンキーが病院に突撃して少女を攫ったわけではないだろう。そうだったら困る。


 となると、彼女は元からこの格好で夜の街を出歩いていた、もしくは、道端で倒れていたところをあいつらに攫われたと考えるのが妥当だろう。どちらにせよ、異常事態であるとしか言いようがない。


「どうしたものかね」


 御影は少女から目を逸らすと、空を見上げた。田舎では一面の星空を見ることができるだろうが、残念ながらここは大都会。見える星の数は限られ、空のほとんどが闇に包まれている。


「まさに、お先真っ暗って感じだな」


 御影はそう嘯いて唇を曲げると、サイドカーに少女を乗せた状態のままバイクにまたがった。


 いろいろとごたごたしたせいで、時間は既にかなり遅くなってしまっており、頼りになるところは救急病院ぐらいしかない。だが、あの学生警備の言う通り、今夜に限って言えば彼女より優先すべき患者が大量にいるだろう。


「まったく。らしくねえことしてんな、俺」


 御影は、深々とため息を一つ吐いた。残された道は一つ。彼女を、一時的に自分の家に保護することだ。幸いなことに、空き部屋はいくつもある。


「ああ、でも、ベッドは一つしかねえんだよなあ。どうするかなあ」


 御影はわしゃわしゃと髪をかき回すと、乱暴にバイクのエンジンを入れた。サイドカーが大きく振動し、少女の頭がサイドカーのふちに当たる。なかなか痛そうではあったが、それでも彼女はぴくりとも動くことはなかった。


「……目え覚ませよ。いい加減」


 手を伸ばして、彼女の頬を何度か叩く。少女は何の反応も示さない。もしかしたら、あのヤンキー共に薬でも嗅がされたのかもしれない。ありうる話だと御影は思った。


 御影は大きく舌打ちすると、ハンドルにかけていたヘルメットを手に取り装着した。バイクを発進させ、当初の目的とは逆方向へバイクを向ける。


 風が、首を撫でていく。こうしてバイクを走らせていると、自分たちが空気という、目に見えないが確かに存在するものに囲まれて生きているのだということを再認識できる。


 バイクを運転するときにいつも感じる高揚に、胸の中にわだかまる不安を押し流す。


 時の流れは残酷で、しかし何に対しても平等に働く。面倒なことになったが、いつも通りに、時間がすべてを解決してしまうのだろうと、そんなのんきなことを御影は考えていた。



  ※  ※  ※  ※  ※



 こうして、御影奏多は失敗した。



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