グランド・マザァ・ハック・ショウ GRAND MOTHER HACK SHOW

木野目理兵衛

記録盤 No.000

親愛なる保護者の皆様へレディス・アンド・ジェントルメン


 本作は、所謂いわゆる一つの危機管理セキュリティ──即ち、危機パンクの真逆の滑稽劇スケッチです。

 猥雑な描写は一切無く、ご家族揃って、仲良くお読み頂けます。

 少々題名タイトルが卑近に見えても、所詮しょせんは上辺だけのもの。

 何も心配は要りません──どうぞどうか、お愉しみあれっ。


注意事項!CAUTION!


 この物語は虚実フィクションです。登場する人物・団体・名称・思想・言説・描写・演出等は全て架空であり、実在するものとは一切関係ありません──念の為に。

 念の為に。


【チャプター・001/049 誤った天地創造(オープニング)】


 ──どうしてこんな、と問われたら、多分きっと、〈虫〉の所為だ。


 〈恐竜〉に踏み潰された可哀想な奴か──

 琥珀に封じ込められた可哀想な奴か──

 〈方舟〉に乗り損なった可哀想な奴か──

 子宮に迷い込んだ可哀想な奴か──

 歯車に押し潰された可哀想な奴か──

 どいつの所為かなんてのは、置いておくとして。


 結果はどうせ変わらぬ侭に―─あるじ心算つもりで、そらから世界を眺めて見よう。


 恒星軌道上からも然と分かる、大小様々な/凸凹でこぼこの円盤達──円卓まあるい地球を連想させつつ、そんな大地へと打ち込まれた、煉瓦と金属の構造群ビルディング──〈マザァ〉機関と仔等なる機器デヴァイス、其れ等を統べる階差式算譜機械ディファレンス・コンピュータ、即ち〈太母グランマ〉が管理する、現代人の生ける場所/仕掛け細工の箱庭こそ、我等の〈唯都シティ〉その数々だ。


 この地で人々は産まれ堕ち──そのまま生きて、やっぱり死ぬ。

 真鍮合金に節くれ立った、“彼女”達の掌その上で──

 運営通り、的確に、だ。

 慈悲の有無等はまぁ関係無い──それが今日の事実である。

 どうしてこんな、と問われても、多分きっと、〈虫〉の所為だ。

 その居所もまた分かるまいが、奇妙な事だけは間違いない。

 何処かで何かが狂ったのだ、と──


 そうして、そんな〈唯都シティ〉の一つ──〈太母グランマアリス〉のお膝元。

 物語の舞台は此処で在り──最初から最後まで何処にも行かない。

 〈徹底的に哀れな道化グランドマザァ・ハッカァ〉たる、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉がそうの様に。


 ──〈虫〉の所為だと言いたい所だが、そうで無い事なら直ぐに分かる。

(チャプター・008まで御覧下さい)

 それが概ね真実であり──結果もどうせ変わらない。

 多分きっと、予想された/期待された通りに成る筈である。

 何時だって機械は正確無比だ──〈虫〉が混じらない限りに於いては。


 だから、まぁ、ともあれ御話シナリオを進めよう──どうして、なんて問わないで。


【チャプター・002/049 〈太母〉式算譜機械グランドマザァコンピュータ


 と、言う訳で、/早速だけれど、まずは詩なんて吟じて見よう。


 〈アリス〉、〈アリス〉、愛しき統括者シスアド鏡面眼帯ミラーシェイドの〈太母グランマアリス〉──


 折角なので、もう一度。


 〈アリス〉、〈アリス〉、愛しき統括者シスアド鏡面眼帯ミラーシェイドの〈太母グランマアリス〉──


 同情と共感を誘う為の、見目麗しき其の仕掛傀儡プレイヤ・パペットが、表舞台に出る事は無い。

 人型は只の象徴であり、君臨すべくは造られていない。“彼女”の真眼おめめは市民では無く、〈唯都シティ〉自体、地球自体にこそ向けられている──全体の幸福と救済の為、乏しい資源を活用するべく、他の〈太母グランマ〉との演算共有ワークシェアで一杯なのだ。


 目下実行中の目論見プログラムは、宇宙への進出その手段だが、目処は一向に立っていない──〈塔〉か〈船〉か〈砲〉か他かと、大論争リレーチャットが続いている。

(〈アリス〉は〈ホール〉、宇宙ですら無い他界推しだが、賛同するのは極少数だ)


 協力はしても協調はしない、個々に在るのが〈太母グランマ〉だ。領土の地下を専有し、地表の街区に人々を住まわす──謂わば完結した、一つの世界を背負っていれば、自身の〈唯都シティ〉こそが最優先の、/『全体』の示唆する所でもある。

 庇護下の幸福と救済の為に──〈太母グランマ〉は、〈太母グランマ〉をこそ相手取るのだ。


 大地が平らと確定して以来、盤上の/盤下の争いは続いている。

 飽きもしないで、延々と──延々/延々/延々と──だ。


 時間は過ぎ去る一方なのに、何と平和な事だろうか──


【チャプター・003/049 〈三姉妹〉が語るに曰く】


 故に──〈唯都シティ〉の市政その主体は、〈太母グランマ〉では無く〈マザァ〉である。

 そもそも順序が逆であり、〈マザァ〉から〈太母グランマ〉が導かれた──不甲斐無き王に代わる者から、より上位なる存在が産み出された──のだが、そんな事はどうでも良い。大事な事は只一つ、人々との直接的な(と言えなくも無い)関係性を、誰が/何が担っているかと言う事──それは〈太母グランマ〉では無いと言う事だ。


 そしてこの〈唯都シティアリス〉の〈マザァ〉達には、人らしい名前等付いていない。

 在るのは属性と性能に基づく、一種の通称の様なもの──即ち、


 〈過去〉/〈現在〉、そして〈未来〉。

 或いは、

 〈長母〉、〈次母〉、そして〈末母〉。

 若しくは、

 〈一号〉、〈二号〉、そして〈三号〉。


 “彼女”達が固有の名称を持ち得ないのは、三基で一体の存在だからだ。

 〈三姉妹〉。

 〈マザァ〉の形態としては珍しくも無い、安心と信頼の連結機構コンティニュティ

 但し自立/独立はちゃんとしており、仕掛傀儡プレイヤ・パペットの方も別々だ。目的が同じで在ればこそ、多面的/多角的に取り組むべき──そんな機能の一環であり、


──私はお母さんが心配なのです──


 『計画』の発端を言い出したのも、他でも無い、〈長母〉単体での事だった。


 〈唯都シティアリス〉の〈最深部〉から、二番目に深い〈地下階層〉──

 広大にして無明の舞台に、真円の照明がパッと灯り、白黒格子床チェッカータイルが顕となる。

 黒い一片に佇む〈長母〉──豊かに生い茂る黒の長髪/瞳も細く、微笑む美貌/設定年代は三十過ぎの、割に長身・痩躯の女型──は、両の手を左右に大きく広げつつ、闇に待機する〈姉妹〉達へと、己が “心情”を投げ掛けた。


──お母さんは敵を造っている……どうにかしなければ御命も危うい──


 発声装置の拭えぬ違和、球体関節の隙間等を抜かせば、“彼女”の『演技』は見事であり、上等な赤黒のドレスと共に、殆ど生身の人間に見えた──天井や壁、或いは床と、一帯に仕込まれた撮影鏡カメラ越しなら、議事記録ダイアログとして遜色在るまい──市民への開示は百年後だけれど、だからと言って手抜かりも無いのだ。


──〈太母グランマガブリエル〉の煩わしい事……余程に大砲がお好きな様子で──


 そこに照明がまた一つ灯り──〈次母〉が〈長母〉の向かいへと立っている。

 銀に近しい灰色の短髪/溌剌とした明るい美貌/年代設定は二十代の、豊満にして優美な女型──“姉”とは全く似ていないが、歩む足取りに指の駆動、困惑と嘲笑の合いの子なる、微妙な表情造りの巧みさの内に、同一算譜術式プログラムの癖を覗かせつつ──察しが付く様に敢えて残された、非人間的なる欠陥も同じに、


──……『外』はお母様にお任せにしても、憂いは断って置かなくちゃ──

──処理の速度を妨げない……それが〈唯都シティ〉と、住人の為──

──下なるものは上なるの如く……上なるものは下なるの如く……ね──


 “彼女”等は『台詞』を積み重ねる──芝居掛かった(実際芝居であると言える)仕草で、互いに互いへと近付いていけば、合わせて照明も動かされて、


──然り……だから私は『内』なる要害……〈反逆者ハッカァ〉をこそ疎んじます──

──……彼等は何時だって産まれるよ……支配自体を疎んじるから──

──えぇえぇ分かっておりますとも……それでも私は排斥を望むのです──

──相も変わらず潔癖だこと……だからお姉様は……──

──支持で万事が解決すると……──

──嗚呼お姉様……勘違いしないで……誰も嫌とは言ってないから……──


 その身が触れ合う寸前の距離にて、真円の光は一体となった。

 紅と蒼──各々のドレスと同じ色彩の、二基の眼光もまた交わって、


──やるならトコトン完璧に……ついでの一切も解決しましょ……──

──ありがとう……〈二号〉ならそう言ってくれると信じてましたよ──

──そうと決まれば『計画』を練らないと……それで……ねぇそこの──

──えぇ勿論……では〈三号〉……貴女の意見も聞きましょうか……──


 同時に視線の向けられた先で、もう一つの照明が灯される。

 光沢の無い純白の巻き毛/三白眼でも凛々しい美貌/小柄で精悍、ドレスが無ければ分からない女型──緑の眼を向けながら、〈末母〉は一言こう応えた。


──……〈三号〉に異論が在るとでも……──


 真に迫る無表情(「有る」前提での「無い」と言う選択)に、姉達はそれぞれ微笑み合った──三基が一体に成ったのだと。これで『計画』が動かせると。


 〈三姉妹〉に拠る“話し合い”は、何時も/大体こんなものだ。


 ──言いたい事なら分かっている。今は御話シナリオを進めるとしよう。


【チャプター・004/049 企ての発起】


 〈マザァ〉が纏めた『計画』は、当然〈太母グランマ〉の元へと上げられた。

  “彼女”はそれを検討し、承認し──必要な算譜能力リソースを配分する。


 ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン、ゴゥンと──

 〈唯都シティアリス〉の〈最深部〉にて──階差なる宇宙が蠢いた。

 ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン、ゴゥンと──


 ──この様にして仕上げられ、実行されようと言う『計画』には、


1.〈太母グランマアリス〉の、実性能を計測し、

 2.〈唯都シティアリス〉の脆弱性を顕として、

  3.(潜在的含む)〈反逆者ハッカァ〉達を炙り出し、

   4.〈永久的なる愚者の偶像グランドマザァ・ハッカァ〉を産み落とす、


 以上の恩恵が織り込まれていた──詰め込まれていた、のが正しいかもだが、それ位で無ければやる意味も無いと、〈過去〉と〈現在〉の観測が告げている。

 オマケに、この『計画』には名前が在った──中心軸として収まる〈未来〉の、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉を始めとした、関係者にこそ相応しい名が。

 即ちは、そう──〈燃ゆる蝿ファイアフライ〉。

 誰が始めと言う訳でも無く、〈三姉妹〉はその様に命名したのだ。


 ね──〈虫〉の所為では無かったでしょう?


【チャプター・005/049 日曜日の太陽】


 そして暫しの歳月が流れ──


 怒り心頭/感極まった〈太母グランマガブリエル〉は、海を挟んだ対岸の論敵目掛け、一万発の弾体を射出し、平気の平左/煽った〈太母グランマアリス〉の方も、同数の弾体を合わせて放ち、互いが互いを撃ち落とした結果、二万発全てが無力化された。

 弾道予測は算譜機械コンピュータの嗜み、太古より脈々と続けられて来た、人の息吹の様なもの──と、言うのは双方良く良く理解しており、であれば此れは手慰み、ちょっとした挨拶の代わりである。他の〈太母グランマ〉達が静観する中、海中に没した素材塊も、仲良く両者で分かち合われた──資源は尽く勿体無いのだ。


 世界は平和──有り余る程の、平和だった。


 とは言え──〈蟹〉に良く似た回収機械の、一基が帰還に遅延したのは、由々しき事態であったと言えよう。落下地点の些細な誤差で、〈虫〉が混じった様なものだが、積もり積もれば大きく誤る──だけで無く、〈アリス〉は〈ホール〉も探しており、それには莫大な余力リソースを要する。憂いは確かに断たなくては。何を犠牲にしようとも/誰が犠牲になろうとも、〈太母グランマ〉に優るものは居ないのだから。

 多分きっと──恐らくは、だが。


【チャプター・006/049 我もまたアルカディアへ】


 所で、この様な問い掛けがある──『〈唯都シティ〉は暗黒郷ディストピアで在るか否か?』


 これは忠誠度試験では無い、と、言ったらまぁ当然、嘘になるけれど、解答は複数在っても良く、立場に拠っても代わるだろう──思うだけなら勿論只事タダだ。

 けれど、当然の事ながら、〈太母グランマ〉と〈マザァ〉、そして名も忘れられた発案者達からして見れば、それは全くトンデモナイ話──“彼女”達は言うだろう、


『〈唯都シティ〉は暗黒郷ディストピアなんかで在る筈が無い──何故ならば、』


 何故ならば──理屈は概ねこの様なものだ。


暗黒郷ディストピア理想郷ユートピアの成り損ないだが、〈唯都シティ〉は理想郷ユートピアとして造られていない』


 では一体、何かと聞くと──『牧歌郷アルカディア』と言う返答が得られる筈である。

 希望も絶望も存在しない、曖昧にして怠惰なる──現人類の為の生存圏。


 少なくともに管理者側は、〈唯都シティ〉をその様な場所だと考えており、証左であれば、概ね其処彼処そこかしこにこそ横たわっている──〈アリス〉も全く例外では無い。


 羽撃き機械オーニソプタァ監視鏡レンズを借りよう──城塞の名残と全領土を囲う、ぐるり円型の外壁を超えて──内壁との間に挟まれた、兵装地帯を軽やかに無視し──地上まで迫り出す生産施設と、隣り合う居住区域もまた超えて──街路に裏路地、縦横無尽に/だが寸分の狂い無く奔る歩道と、路面機関車の線路と共に、中心へ中心へ、見掛けの市庁舎(実体は遥か脚元だ)と、公共施設群の方へと向かえば、目的の場所はもう直ぐ其処──高い穹窿ヴォールトに覆われた、無数の通りが見出だせる。

 〈常駐遊演道メニィアーケード〉。

 市民に於ける〈唯都シティ〉の根幹、夢の通い路──殆ど全ての“享楽”の地だ。


【チャプター・007/049 パンとサーカス・そしてサーカス】


 さて、〈唯都シティ〉に取っての“享楽”とは何か──幾つか例を挙げて見よう。


 例えば運動──単純/複雑の是否は問わない、法律と常識とに則って、球を蹴ったり走ったり、球を投げたり走ったり──肉体を動かす事は“享楽”である。


 例えば読書──頁越しでも画面モニタ越しでも、文字を介して刻まれた、数多の物語を読み取る行為(眼でも耳でも指でも)等は、“享楽”に於いて他ならない。


 例えば恋愛──有性生殖の応用たる、男と女の/男と男の/女と女の/複数人の/無差別の営みは、正に“享楽”と呼ぶべきだろう(但し生殖自体は除く)。


 例えば勉学──知らない事を知り、知り得た事を知り、知り得たと思っていたけれど知らなかった事を知る──『知る』とは即ち、“享楽”の極みだ。

 只それのみでは、何の意味も無い所なんて、“享楽”としか言い様が無い。


 例えば創作──方法も手段も媒体も、動機も目的も主題も問わない、『何かを造り、産み出す』事は、(問わない限りにて)“享楽”である。


 例えば睡眠──〈過去〉の傷を治すのだとか、〈現在〉の疲れを癒やすのだとか、〈未来〉の活力を得るのだとか、御題目が無ければ“享楽”と成ろう。


 その他諸々/その他諸々──詰まる所は何でも良く、〈唯都シティ〉の如何に関わらない/実利と実害から解き放たれた、『無為なるもの』こそ、“享楽”なのだ。


 その真逆、〈唯都シティ〉の如何に関わって来る/利害を伴う行為全般、生存戦略に連なるものは、〈太母グランマ〉と〈マザァ〉、その無数の子機達の領分である──余程優秀でも無い限り、市民は其処に立ち入れない。御法度であり、お呼びで無いのだ。

 そうして、それが上手い事行っている──仕事やら労働やら責務やらは、人々が担うべきものでは断じて無く、(心と体を十分に満足させる)最低限度の衣食住だって、ちゃんと立派に保証されている。そしてオマケの“享楽”の中で、余剰の価値を/少々の贅沢を望めもするならば──何の文句が在るだろうか?


 ──此処まで至るのに掛かった費用なら、考えない方が健康の為だ。財布の中身がどんな風に減ったかなんて、只々気が滅入って来るだけの話──現在の地球の総人口だとか、資源埋蔵量の枯渇比率だとか、そう言う事も同様の類。

 頭の痛む諸問題は、全て機械に任せれば良い──それが製造目的でもある。

 何時だって機械は正確無比だ──『地球は丸く、宇宙を廻る』と、一千年以上も信じて来た輩より、ずっとずぅっと、頼もしい──大概はその様に、ちゃあんと理解し、遣りたい事だけ遣っている。王は人で無くても良い、と。


 それが解らない様な連中も居るが、彼等の対処も、お任せ在れ──だ。

 その為に練られた〈燃ゆる蝿ファイアフライ〉が、今より(やっと)開始する。

 〈常駐遊演道メニィアーケード〉の数ある一つに、〈ブラン(ドン)・ベルゲン〉が登壇する。


 ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン、ゴゥンと──

 拍手を以ってお迎えしよう。彼氏の運命の歯車プログラムが動き出したと。

 ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン、ゴゥンと──

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