第3話
「私はこの学園の理事長、グミ=ゼリーだ。よろしく頼む」
グミ=ゼリー……世界に名だたる魔法使いの中でも、五本の指に入るであろうお方だ。そして、この王立魔導学院の理事長でもある。実績、権威、そして女性としても飛び抜けた美貌を持つ完璧超人と言っても差し支えないような存在である。
そんな人が、俺たちのすぐそばにいる。それだけで、開始時間が近づくにつれ高まっていた会場の緊張感がより一層高まるのを感じた。俺の左横でゼリーさんを見ている少女も、貴族といえどもその態度を隠せないようで、俺のところまで生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「知ってのとおり、この学院の入学試験は至ってシンプルだ。まず、規定のレベルの魔法を使えるか。そしてその魔法の持続時間、威力、正確性などを確認する。紙の上の知識ではない、実戦時にどれだけ己の力を発揮できるか、君たちの純粋な魔法能力を確かめるものだ。そして魔法を発動できるのは一回限り、一発勝負というやつだな。
今更私から言うことでもないかもしれんが、不正行為のないように。判明した場合、速やかに退出してもらう上、魔法協会からのペナルティが与えられる可能性がある。諸君はまだひよっことはいえ魔法使い、その名を汚すような行為は断じて許さん。心してかかれ、以上!」
それだけ言うと、
……横からため息が漏れるのが聞こえる。もちろん、面倒臭いといったものではなく、会場を包み込んでいた緊張感が少しほぐれたことによるものだ。俺自身も、少し胸を撫で下ろしてしまった。
「--では、試験を始めます。試験官は至急所定の位置についてください。また、受験生のお連れの方も一度ご退出ください。不正防止にご協力をお願いいたします--」
どこからか、エコーのかかったアナウンスが聞こえてきた。魔導機械を用いたものだろうか? 流石は世界最高レベルの学術機関、保持している技術レベルも相当高いものがあるのだろう。
アナウンスに続き、先程受付をしてくれた男の人が俺たちの使用するコートの向こう側に位置取る。兼業だったのか。
「セバスチャン……」
「お嬢様、ご安心ください。お嬢様の魔法の腕ならば、合格間違いなしでございます」
「そ、そうかしら? ありがとう……」
あの、俺の隣に立っている、いきなり怒鳴りつけてきた少女の連れの人、セバスチャンさんもアナウンスに従って一度会場から出るようだ。当たり前だろうが、貴族といえども、なんでも許されるわけではない。こういう場では、ゼリーさんの言っていたとおり、正に実力がモノをいうのだ。
「では、僭越ながらご検討をお祈りしております」
「ええ、任せてちょうだい? アストミール家の名に恥じぬ働きをお見せ致しますわ!」
「素晴らしいお心意気でございます! では、これにて……」
そういうと、セバスチャンさんはどこかへと立ち去っていった。
この少女はアストミールという名なのか。いや、貴族だから姓、家名、と言った方が正しいだろう。まあ、そこまで興味がある訳ではないが、これもなにかの縁だ、覚えておくのもいいかもしれない。俺って案外根に持つタイプか……?
「……ふう……あらあなた、まだいたのかしら?」
自称アストミール家の少女は、小さくため息を吐いた後、俺のほうを向きそんなことを言い出した。
「は、はあ? 試験を受けに来たんだから当たり前だろう?」
「てっきり怖気づいてとっくに逃げ出したものだと思っていましたわ」
「なっ! なんだと!?」
「あら、これだから平民は……事実を言われて怒るだなんて、なんではしたないのでしょう?」
「ぐっ……!」
だ、だめだ、これ以上相手のペースに呑み込まれては。こいつは、俺がイライラするのを見て楽しんでいるのだろう……そうだ、きっとこいつも試験に不安があるのだ。それで、俺みたいなやつをいびってこの会場で少しでも優位性を保とうと必死なのだ。
「そ、そういうお前こそ、さっきからやけに緊張しているな? 足が震えているぞ?」
もちろん嘘だ。
「え……? そ、そんなわけありませんわ! それに、私には”お前”なんかではなく、アシュリアというお父様とお母様からもらった立派な名前がありますわ!」
……へえ、アシュリアというのか。こりゃまた大層な名前で。
「アシュリア……ということは、12賢者からか?」
「そ、そうですわ。あの12賢者のように、素晴らしい魔法使いになれるようにという想いが込められていると聞いたことがありますわ」
12賢者とは、大昔に存在した12人の偉大なる魔法使いのことだ。この世界を戦乱の世から解放し、12の国へと平和的に領地を分け、現在まで続く末長い繁栄を築き上げたお方たちだ。
アシュリアとは、その12賢者が一人、西方の国を治めた女魔法使いのことだ。確か、御伽噺の中では水魔法に長けていたはず。ということは、こいつ……アシュリアも水魔法が得意だったりするのか? ええい、同じアシュリアで紛らわしい! 人の名前にあれこれ言いたくはないが、せめてもう少しわかりやすい呼び名はないのか?
「そ、そうなのか。ところで、アシュリア、と呼んだらややこしい。せめてあだ名かなにかはないのか?」
「ま、まあ、確かにそうかもしれませんわね……でも、いきなりあだ名を教えろだなんて、失礼ですじゃあひませんの? 私は貴族、あなたは平民。せめて、アストミール様とお呼びなさい」
はあ?
「なんでお前みたいなやつに様付けなんてしなきゃいけねえんだよ」
「ま、また”お前”……っ! わ、わかりましたわ……これ以上言い合っても周りの迷惑になりますので、と・く・べ・つ・に! お教えいたしますわ」
なんだ、偉そうにする割にあっさり折れるんだな。案外貴族としての見栄を張りたいだけだったりして。
「はあ」
「こほん、心して聞きなさい、平民。私のあだ名は、『リア』ですわ!」
…………
「……案外、普通なんだな。もっとこう、貴族然とした長ったらしい言い回しとかあるのかと思ったんだが」
「ふ、普通ですって? アシュリアだからリア、じつにわかりやすく素晴らしいとは思いませんの?」
「いや、全然。そこらへんにいそうじゃね?」
「なっ……! 平民、どうやら私とあなたとは致命的にセンスが合わないみたいですわね」
「ああ、そうみたいだな」
貴族って存在は、こういちいち大げさに振舞わないと気が済まない生き物なのか?
「それと、いい加減平民はやめろ。ここには俺の他にも平民……普通の人々も受けに来ているはずだ」
「そうはいっても、殆どが貴族のご子息ですわよ? 見渡してごらんなさい?」
「あ?」
俺は、言われたとおりに改めて会場を見渡す……た、確かに、ほぼ全員がしっかりとした身なりだ。
「……俺には、プラネトという名前がある。さっきも言ったはずだが?」
「え? そ、そうでしたわね」
もしかして、本気で忘れていたのか? まあ、俺も今のところこいつにそこまで興味はないからな……これ以上いいがかりをつけてこないのなら、さっさと縁を切りたいところだ。
「こほん……プラネト、見てのとおりここにいるのは将来を渇望された貴族ばかりですわ。とにかく、あまり出しゃばらないことですわね。これは、忠告ですわ。わかったらさっさと下がりませんこと?」
「忠告? ……へん、 いいだろう、平民だってやるときゃやるってところを見せてやるよ!」
「あら、威勢のいいのは今のうちだけではなくて?」
「そうならないように祈っておけよ、リア」
「リっ……そ、そんな馴れ馴れしく呼ばれたら、困りますわ。聞かれたから答えたまで。礼儀正しくが貴族のたしなみですわ」
「礼儀正しいのなら、安易に悪口を言わないことだな」
「むっ、い、言い返せばいいってもんじゃありませんわ!」
「はあ……いい加減めんどくせえ。おい、リア、そろそろお前の番だろ?」
「お前なのかリアなのか……そうみたいですわね」
長々と話をしているうちに、こいつ……リアの前にまでに順番が迫ってきていた。ということは、俺の番もそろそろか。
「精々貴族の力を目に焼き付けることですわね、へ……プラネト」
なんだ、ちゃんと名前呼べるじゃないか。最初からそうしておけよ。貴族だ平民だとつまらないことに囚われていては、魔法使いはやっていけないと思うがな。
「--次、3200番、アシュリア=アストミール!」
「は、はいっ!」
そして、彼女はコートへと向かった--
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