電脳世界の技術的特異点《シンギュラリティ》~Vtuberになりました~
紅桜景厳
第1話 クリックしたら死にました
2030年、世界初となる感情搭載AIプログラム『Negafect』が開発され、同時に
何れVtuberは30年台を台頭する人気コンテンツにまで成長し、事務所の設立、バーチャルタレントの企業集約化が成されるまでに至る。
これは新時代の狭間、
‐2035年 6月28日‐
『メガフェクトの開発から約五年。去年から根付き始めたVtuberは今や日本を代表するコンテンツにまで成長し、渋谷の大型ディスプレイには今日もバーチャルタレントの企画が公の下で配信されています』
某放送局のワイドショーでは渋谷の建物に設置されている大型ディスプレイに3DCGキャラクターが話したり動いたりている映像が配信され、街中ではそれを見つめる者、ダンボールのような物に赤文字で何かを書き表し声を荒げる者が混在としていたVTRが流されていた。
『このようなVtuberのメディア普及とは裏腹に、リアルタレントの需要減少、バーチャルタレントとリアルタレントとの間に軋轢が生じているのもまた事実。渋谷のスクランブル交差点では今日もリアルタレントによる抗議が行われています』
――『リアルタレントから仕事を奪うな!』
――『バーチャルタレントのメディア進出は断固反対!』
憤怒の感情を織り交ぜ声高に訴えるデモ参加者は何れも一世代前の存在として淘汰されつつある、リアルタレントという括りに点在する言わば芸能人であった。
2035年当今、VR産業のメディア進出によりリアルタレントの存在価値は減少、大手事務所に所属する売れっ子俳優、女優、芸能人は颯爽と活動拠点をVR世界に移転するが、それでもリアルタレントによる芸能市場は全盛期の約七割が排斥されるまでに至ったのだ。
バーチャルタレントとリアルタレントによる衝突の表面化、VR社会のメリットとデメリットが浮き彫りになりつつある時代の狭間に現人類は立たされていたのだった。
――VTRは終わりカメラが再びスタジオを映し出すと、女性キャスターは机に置かれた台本通り三人の専門家に話を窺おうとする。
『今日はVR産業についてを切り崩すためにメディア、経済、VRのスペシャリストである三人がスタジオにお越しに頂いています。それではメディア評論家の小野寺陽一さん、現在のVR産業についてはどうお考えですか?』
『VRはメディア界隈の革命と言われており、リアルタレントの存在価値はこれからもっと減衰するでしょう。最近ではテレビ業界の娯楽番組では殆どがVRを用いた内容しかありませんが、理由としては制作費の安価に関係性があると思われます』
『と、言いますと?』
『20年代までメディアを席巻していたリアルタレントによる番組構成は制作費が掛かり過ぎたんです、スタジオを作りリアルタレントが談笑する形式ですと平均1000万。それに今はコンプライアンスが厳守される時代なので派手な演出はめっきり減りましたし、現実だとどうしても物理的に不可能な演出というのがあります。ですが今までの番組構成をVRに代用すれば話は変わります。3DCGの背景をスタジオにするのなら千円単位で販売してますし、何より電脳世界は物理法則による身体的拘束を一切受けない。迫力のある映像を制作するにも生身の人間が危険を犯す必要が無いんですよ』
メディア評論家の小野寺陽一はVR世界では安価で迫力のある映像制作可能であり、同時にリアルタレントによる体を張った企画や下手なアクションドラマの需要が減少している傾向にあることを示唆した。
何より重要なのはVR空間では物理法則による身体的拘束が無いことだ、プログラムで無重力空間を作れたり、エフェクト機能で手から炎だって出力できる。
現在ではCG技術も進展しており本物と見分けがつかない映像も制作されており、いずれもピンからキリまであるが比較的安価な制作費で済むのがVR番組の特色だという。
『分かりました。それでは次に経済学者の重村響さん、日本経済の視点から見てVR産業の発展はどう思われますか?』
『2025年頃から視覚と聴覚を補助するオーグメンテッド・リアリティ、通称ARの機器が出回り始めた時から世界のAI産業は既に
髪を七三に分け眼鏡をしている如何にも真面目な雰囲気の東京大学経済学部教授重村響は「Negafect」開発からの日本の芸能市場が衰退現象にある現状は必然と示唆し、その根拠として十年前に起こったAI技術発展の技術革新により失業者が2000年以降最大を記録した史実を抜粋し憶測の信憑性に深みを増してみせる。
『VR自体は二十年程前から開発されていますが、当時はあまり馴染みませんでした。経済学の面からすればVRは現在アーリーマジョリティの立場にあると思います』
『重村さん、アーリーマジョリティとは何でしょうか?』
『キャズム理論における市場の浸透率のようなものです。例えば新技術が開発された時、開発初期の段階は商品価格の高額傾向などで消費者の母数体そのものが少ない状況にあります。今のVRは消費価値観の相違により生まれる深い溝“キャズム”を超えた先にあるアーリーマジョリティという大衆市場へと参入しつつあるのです』
キャズム理論というのはマーケティング用語のようなもので、新技術が市場に浸透する一連の流れを指標化したものである。
新技術は大衆からは受け入れ難い、新しい価値観を受け入れられないのは普通の感覚、そんな人間の普遍性から生まれたのが深い溝、価値観の相違だった。
例を述べるなら2025年に市場に登場した視覚と聴覚を小型オキュラスリフトで補助する機器ARD(オーグメンテッド・リアリティ・デバイス)が当初は大衆から毛嫌いされ、街中で装着しているものなら周りから冷ややかな目線が向けられる時代もあったが、今では利便性が確かなものとされ多くの人々が外出先でもサングラス型のオキュラスを着け街道を歩く光景は珍しくなかった事にある。
Negafectも最初は大衆から毛嫌いされていた。だがこの五年で感情搭載型AIはキャズムの深い溝を越え「真新しい」技術から「安心」の技術へとスケールアップしたのだ。
よってVR産業が与える日本の経済効果も絶大、リアルよりもバーチャルの方が便利と思える時代が到来したというのだ。
『それでは最後にVR学のスペシャリスト、「VRで日本のミライは変わる」の著者である研崎真由美さんにお話を伺いたいと思います。研崎さん、VR社会の発展は次第に人の職を無くすと考えられていますが、ずばり我々がこれから行動すべきことは何でしょうか?』
『そうですね。一概に何かを行動すればいいという答えはありませんが、現状を変える為には誰かを蹴落とすのではなく、誰かと団結する姿勢がより一層求められると思います』
最後に女性キャスターから話が回されたのは評論家の中では紅一点、サングラス型のARDを装着した麗しい女性は甲高い声で現在の社会問題についてを言及し始める。
『今のAIプログラムは十年後には全人類の脳のスペックを越える処理能力にまで進化すると予想されています。これからリアル社会で生きていける人材は何かしらの「意志」を持つ者と言ってもいいでしょう。意志無き者は時代の流れに淘汰される、それが我々人間が置かれた現状なのですから』
『なるほど、今日は解説をありがとうございました。それでは次のコーナーです、今週のVtuber人気動画ランキング、第一位は――』
バチン―――……
男はリモコンを片手に部屋のテレビを消し、画面に映る漆黒の一点を見つめる。
「よく言うよ偉そうに、そのコメンテーターとやらの職業も十年後には消えてるかもしれないだろ」
――俺の名前は
危機感は無い、何故なら後十年もすればAIの処理速度が人類全体の脳を越え、皆仲良く無職になるからだ。
むしろ彼からすればVR時代にリアルで働いている人間の方が理解しかねる存在だ、必死に働いても数年後には労働力の機械化が進み、何年間も媚売って必死に頑張ってきた職種をリストラという形で上司に裏切られるのがオチなのだ。
それなのに、そうだというのに、自分の力ではどうにもならない定められた現実に抗おうとしている、飛鳥からすれば現実逃避をしているのは今も必死に働いている大人達に思えたのだ。
「馬鹿らし、何が意志無き者は時代の流れに淘汰されるだよ。んな言葉はまやかしだ……」
飛鳥はデスクチェアに座りオキュラスリフトを装着すると、早速手前にあったマウスに手を伸ばす。
これが飛鳥の日課、親がいる実家で就活も碌にせずに昼間からネットゲームに没頭する。ゲームの世界はリアルとは違い刺激があったからだ、気兼ねなく人をぶっ殺し、話掛けるだけで女が惚れてくれて、何よりそこは何をするにもリアルでいなければならない現実とは真反対の世界だったからだ。
ピロン――!
「んあ?」
ゲームに没頭している中、その集中を掻き消すかのように画面の中央にはタブが表示され、何かしらの文字が表記されていた事に気付かされる。
怪しげな効果音が響き渡り、何かのバグかと思った飛鳥は瞬間的にページを閉じるボタンをクリックしようとするが、何度押してみても消えない。
パソコンがフリーズした可能性も考慮したが、中央に表示されたタブを削除するマウスの動作以外は普通に操作できたので何とも不思議な状況に陥ってしまった。
「何だよこれ、“君にいくつか質問をする”って……」
どう考えたって罠だ、質問に続けてYesかNoの選択肢も表記されていたが、恐らくどちらかでもクリックすれば詐欺の類に引っ掛かってしまう。
答える義務も必要も無い、だけど正体不明のバグによりタグも消せずシャットダウンもできない。
――本当にこの時の自分は常軌を逸してたのか、ほんの暇潰し感覚のつもりで選択肢をクリックしようとしていた。
マウスポインタをYesの表示画面に移動させ、カチッと一回音を響かせる。
すると表示画面には次なる質問が映し出され、脳内でその言葉を読み上げた。
――『君は職に就いているか?』
――『No』
――『君には大切だと思える人がいるか?』
――『No』
――『君はこの世界に希望はあると思うか?』
――『No』
不毛な質問、飛鳥は淡々とNoをクリックして誰から送られてきたものかも分からない問い掛けに解答した。
――『君は今までの人生で、意志を伴った行動をしたことがあるか?』
「っ……」
幾度と飛ばされる文字表記には何も感じなかったが、その問いだけは自身の心を揺さぶる何かがあった。
意志が伴った行為、振り返れば自分の人生にそんなものがあったとは思えない。
小学生の時も、中学生の時も、高校生の時も、波一つ無い人生を歩み、碌な選択をしてこなかった。
苦労をしてこなかった。苦労をするのが馬鹿らしいとすら思い、こうやって進学も就職もせずに数年間外に出るのを拒んだ。
だから、飛鳥は迷わずNoと返答する。
愚問だったからだ、所詮意志を持てる人間など限られている。強い自分の虚像を貼り付けるより、弱い自分を認めた方がよっぽど大人というやつだと思えた。
――『なら、君は今此処で死にたいか?』
「……はあ?」
質問の意図が読めない。いや、端からそういうものなんだろうが、その質問は他とは異なる威容な雰囲気を滲み出す。
死にたいか、死にたくないか、常識的に考えれば死にたくはない。
人に限らず、どの生物も自分自身の命は可愛く思えるものだ。
誰だって死ぬのは怖い、だがそれは生物上の話。
死にたいとは思わないが、現実世界で生きる意味が見出せなかったのもまた事実であった飛鳥はマウスの動きを止めてしまう。
「死にたい、か……」
――本当に、つまらない生活だった。
――本当に、つまらない社会だった。
――本当にこの世界は、どこまでもつまらない。
偽りで塗りたくられたハリボテの世界、何の実も無いこの世界に、生きてる意味など見出せない。
彼の中の理性的な思考はいつしか思考から排除され、次第にマウスポインタがYesの方へと軌道をなぞる。
――ああ、本当にくだらない人生だった
カチ___......
Yesを選択しクリック音だけが部屋に反響した次の瞬間、突如として飛鳥の体は凄まじい衝撃の餌食となる。
______!!
「っ……があああああ……!!」
全身に電気のようなものが流れ全身が痺れると、尋常じゃない激痛が体を覆い脳に伝達した。
あまりの衝撃に飛鳥は絶叫、今まで体験したことのない痛みに涙と唾液が入り混じった液体が皮膚を伝い、全身の筋肉が弛緩していく感覚が広がる。
――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!
脳裏に浮かんだ死の予兆に恐怖を抱き、走馬灯の如く今まで自身が歩んできた人生の光景が一瞬の情報として大量に駆け巡った。
桐山飛鳥は此処で死ぬ、21歳で、無職で、訳の分からない質問に答えさせられた挙句謎の電流が体に流れ命を絶つ。
人生の終端にしては実に不恰好だが、今の彼には現状に抗うだけの気力はもうない。
そしてゆっくりと双眸が目蓋に包まれて、視界が漆黒へと移り変わる。
こうして桐山飛鳥は、息を引き取った―――
________
____。
_____。
_____『情報ロード完了、初期アバターを構築、これよりVRネットワークへの転送を開始します』
それが意識と言えるのなら、何も見えない空間が辺りを支配し謎の音声サポートが脳に直接語り掛けているというのは把握できた。
五感全ての感覚を失われている状態と言うべきが、手足も動かせなければ何も感じ得ない、そんな空間に漂っているだけの実感しか伝わってこなかったのだ。
――ああ、そうか、俺死んだんだ……
――『ようこそ――……』
______!!
突如として暗闇だけが広がっていた空間が払拭され、鮮明に映し出された世界の光が一斉に飛鳥の視界を包んだ。
空間に投影される幾つもの巨大な映像、天高く建ち並ぶ建造物の数々、そして何より奇抜な格好をした人間や人外生物にも見える生命体のようなものが街中を歩く光景など、辺り一体には見慣れない景色が広がっていた。
『
_________
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