ep11-4

「何だ!?」

 グスタフが立ち上がる。

 メイドたちも身構えて玄関の方に向き直る。

『グスタフ・ビンネンメーア、この門を開けろ! この屋敷に東国アイゼンの者が出入りしていると密告を受けている!』

 門の外からでも聞こえる音量で横柄な声が響いた。拡声器の魔力回路を使っているのか、ノイズでガサガサになった声だった。

 様子を見に行った執事の者が慌てて食堂に駆け戻ってくる。

「グスタフ様! 魔導軍の者達が館を取り囲んでいます!」

「なんだと!?」

 グスタフは慌てて食堂の壁に張り付き、窓からそっと外を覗きこむ。室内にいる者には身を屈めるようにジェスチャーした。

 黒いローブの兵士たちが館の塀に沿ってまばらに立っている。

「……狙いはマミヤ殿か」

「宣戦布告とか言っていたな。世話になったこの館で事を荒げる事も出来ん。私が出て行けば良いのだろう?」

 マミヤは毅然と立ち上がる。

 食堂を出ようとするマミヤをグスタフは身を呈してこの場に留めた。

「マミヤ殿。貴女は我が館の大切な客人、差し出すつもりはありません」

「しかし……」

「おい、誰か! この館に備えられた次元の扉にマミヤ殿をお連れしろ!」

 グスタフはメイドたちに声をかける。しかしメイドたちは顔を見合わせて戸惑った。

「申し訳ございません、ご主人様。館の次元の扉は『戦争が終わった今、脱出路の様な無粋なものは不要』と先代様が改装の際に全て撤去してしまいました」

「何と……」

 グスタフは唇を噛みしめる。

 マミヤはグスタフの肩を撫で、その横を通ろうとする。

 外からは催促の声が響く。

『魔皇帝陛下の命令である! マミヤ・アイゼンを差し出すのだ!』

「今から次元の扉の魔力回路を描いている暇はない……どうすれば……」

「次元の扉があれば、いいんだねっ? まかせてよっ」

 焦るグスタフの顔を下から覗きこむように、ルキーニが笑顔を向けていた。

「ルキーニ!?」

「ふふん、魔王ヴォルティーチェの名前を継いだのはダテじゃないよっ。52人の魔王候補達と騙し合い、裏切り、全てをかけて全てを奪って来たんだからね。あれは激しい戦いだった……」

「思い出話は後で聞く! 描けるのか、今ここで!?」

「描くんじゃない。『組む』んだよ!」

 バララララ

 ルキーニが礼をするようにスカートの両端をつまみあげると、大量の魔符が中から溢れ零れた。

 それらは床に落ちる前にふわりと旋回し空中に並んで行く。

 以前、燃え盛るメイルシュトローム城で見たルキーニの技だ。

 しかし以前と異なるのは、トランプの様なゲームカードではなくなっているという事だ。

 裏面は魔符を操作するための魔力回路だが、表面は円や直線などの幾何学模様が部分的に描かれていた。

「ソニアちゃんの魔力回路を見て思いついたボクの新技だよっ! 名付けて『魔力回路ブロック』さ!」

 ルキーニの指示に従って、トランプは規則正しく並んでいく。表面の幾何学模様は魔符が並ぶにつれて大きな魔力回路を形成していった。

「魔力回路を最小単位まで細分化してあるのさ。カード一つ一つじゃ役に立たないけど、こうやって部品を組み合わせてつなげていけば……」

 食堂の広い壁いっぱいにカードが並び終わると、ひとつのおおきな魔力回路として機能し始めた。

 それは次元の扉の魔力回路を再現したものであり、ルキーニが魔力を注ぐと食堂の中央に時空の歪みが生じ始めた。

「おぉ、これなら……」

 グスタフが感嘆の声を漏らしたところで、それを打ち消す様な大きな爆発音が響いた。

『全軍突入ーーっ! マミヤ・アイゼンをとらえよ!』

 門が破られたようだ。窓の外の魔導軍も塀を乗り越えて館に向かってくる。

 食堂にいたアイゼン国の王宮騎士団が立ち上がり、迎撃の体勢をとる。

「姫様! お逃げください!」

「アカシ団長! ……ぬうぅ、不本意だが仕方ない。ここは任せたぞ!」

 マミヤは食堂の中心、次元の扉に向き直った。

「ソニアちゃん、マミヤちゃん。2人はここから逃げて! 行き先は……」

「メイルシュトローム城でしょ?」

「ああ。ツガルを助けよう。ル、ルキーニ…ちゃん…の恋人も助けねばな!」

「マミヤちゃん……きゅうぅん」

「操作を代われ、ルキーニ! この場は俺が……」

 白い小犬はキャンキャンと吠えてルキーニのスカートの裾を引く。

「あはっ、何言ってるのさ。ワンちゃんには無理だよ。マミヤちゃんお願い、このコを連れてってくれないかなぁ」

「おい、ルキーニ! あっ、こらっ、待っ……」

「任されたぞ、ルキーニちゃん」

「ルキーニちゃん、どうか無事で!」

 小犬を抱えたマミヤ、ソニアが次元の扉を通って行く。

 同時に、食堂にまで魔導軍がなだれ込んできた。

「……来たね、イケない子たち!」

 パチン、とルキーニが指を鳴らす。壁を覆っていた魔符が嵐のように食堂を舞った。

「ボクが遊んであげるよ。ボクの名は新魔王パルミジャーノ・ルキーニ・ヴォルティーチェ! 身ぐるみ剥がされたくなかったら降参(フォールド)してねっ! あはっ! あははははっ!」

 戦場と化したグスタフの館に、不釣り合いな明るい笑い声が響いた。

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