ep10-10
「わあっ、大きな温泉だねっ!」
食事を終えた一同は腹ごなしに世間話に花を咲かせた後、館の露天風呂へと向かった。
「この王都には地方の貴族らが療養に来ることが多くてな。我が館では湯治を勧めているのだ」
グスタフの説明にフンフンと頷くルキーニ。
「愛欲の魔王の館って割に、温泉は混浴じゃねぇのなー」
ツガルは女湯との仕切りになっている竹製の壁板を恨めしげに眺めた。
そしてツガルが視線を湯船に戻すと……。グスタフ、ルキーニと王宮騎士団の面々がずらりと揃ったむさ苦しい絵面にツガルは辟易する。
彼らが今いるのは男湯であり、女子たちは壁一枚を隔てて向こう側の女湯に隔離されていた。竹の壁は隙間なくびっしりと束ねられていて、万が一にも向こう側を覗けそうになかった。
「おい、ツガル。その愛欲の魔王と呼ぶのはやめてもらおうか。それに貴公は自室に戻ればソニア姫と同室であろう?」
グスタフにたしなめられてツガルは面白くない。
「そりゃそうだけどよ」
肩を落とすツガルにグスタフは近寄り、肩も触れそうな距離でそっとツガルに囁いた。
「ところで、ツガル。先ほどの病魔殿で聞いた話だが……」
「ん、なんだ?」
いつになく真剣な表情のグスタフに、ツガルも姿勢を正す。
「貴公、ソニア姫と中身が入れ替わっているというのは本当か?」
「あー。それな。その通りだぜ。今ソニアの中にいるのが、この体の元の持ち主だった奴だ。逆にオレは元々はソニア姫として生きてきた奴ってわけ」
「そ、そうか……」
非常に歯切れの悪そうにグスタフは言葉を詰まらせる。
「おいおい、何悩んでるんだよグスタフ。オレに聞かせてみろ。牢屋で一緒に臭いメシを食った仲だろ?」
ツガルは俯くグスタフの肩を抱き寄せてバンバンと背中を叩いた。
「……いつから、なのだ?」
「んー、ありゃ何日前の事だっけなー?」
グスタフの泣きそうな声に反して、ツガルは呑気で明るい調子だ。
「メイルシュトロームの城でお見合いパーティーした時は、まだオレはソニア姫だったぜ。次に会ったのは、そう、山の中の宿場町だな。あの時にはもうオレはツガルだったぜ」
ニヤッと笑ってツガルは白い歯をグスタフに見せる。
「と、ということはメイルシュトロームの牢屋で一緒に過ごしたのは……」
「俺がこの体になった後だな。あん時は世話になったぜ、グスタフ。便所も同じ部屋ん中にあって、臭くてたまらなかったよな! アッハッハ!」
ツガルの思い出し笑いに、グスタフはついに目を回した。
「そ、そんな……では貴公の中身はずっとソニア姫だったと?」
「ま、そういうこった。でもよ、気にすんなって。オレはお前と男同士の友だちになれて良かったと思ってるぜ?」
ヘラヘラと笑いながらバシバシとグスタフの背中を叩くツガル。
一方のグスタフはこれまでツガルと思って接してきた記憶をさかのぼりながら青ざめていった。
「も、申し訳ございませんソニア姫様! まさかあなたが目の前にいるとも気付かずにとんだ無礼をゴボゴボゴボ」
湯船に顔ごと沈めてグスタフは見事な潜水土下座をきめた。
話題から取り残されたルキーニは、ツガルが何故そんなにも心の底から笑っているように見えるのか分からず、湯船に沈むグスタフを珍獣でも見るような目で眺める他なかった。
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