ep9-5
「魔王様。患者数は72、満床です」
「先生と呼びなさい。何か変わった事は?」
「ありません、魔王様」
「わかった。それと、先生と呼びなさい」
短く整えられた銀髪、赤い瞳、銀縁の眼鏡。その容姿は非常に若々しい。白衣と呼ばれる白いマントのような服を着た魔王ガルフストリームが、同じ様に白い服をきっちりと着こなした部下たちを引き連れて歩き、慌ただしく通り過ぎていった。
玄関ロビーにいた老人たちは祈りを捧げるように拝みながらその姿を見送った。
「グスタフさま、あれが……」
「そう、我が国の魔王ガルフストリーム様だ」
グスタフは腕を組み、誇らしげに語る。
「ほーんと、いつ見ても若いしイケメンだよねぇ~」
「そうであろう、そうであろう。って、お前は!?」
グスタフは妙に明るい声に振り向く。
「やは! 奇遇だね~。ボクもガルフストリーム先生に診てもらおうと思って来ちゃった!」
そこにいたのは、赤と黒のドレスをまとった少女だった。
パルミジャーノ・ルキーニ。ソニアとは婚約者候補として、ツガルとは立ちふさがる敵としてメイルシュトローム城で出会っている。
ファッションは以前より大人びているものの、声も喋り方も変わらず幼い。
「お前は……ルキーニ!? どこから現れた! おのれ面妖な……」
「あはは~、ひとを妖怪みたいに言わないでよ~。あっ、ソニアちゃんとツガルくん! ひっさしぶりだねぇ~。ソニアちゃんがお城からいなくなっちゃって、もう大変だったんだよ? ツガルくんは誘拐犯として指名手配されちゃったから、もうメイルシュトローム国には帰れないね~。それにしてもソニアちゃんのお父さん、大魔王メイルシュトローム様は残念だったねぇ。まさか勇者と差し違えるなんて。今は王妃マリアさまが王政を取り仕切っているけど、いつまでもつかってぐらい不安定な状況だよ」
ルキーニは、あっけらかんとした口調でとんでもないことを口にした。
「お父様が……勇者と差し違えた?」
口元に手を当て、信じられないといった顔をするツガル。思わず、大魔王をお父様と言ってしまっている。
「まあ、知らないのも無理はないよ。公表していないからね。無駄に混乱を招くだけだろうし、何より肝心の大魔王の遺体は勇者に刺されて蒸発してしまったみたいで、跡形も無かったんだ。だから葬式もできなかったらしいよ」
「……そう、でしたのね」
ツガルはあまりのショックに男言葉も忘れて頭を垂れる。
そんな話題を振ってきたルキーニを責めるつもりもない。むしろ教えてもらえて良かった。
「ツガルくん、本当に今のままでいいの? ソニアちゃんの体に戻れば国にも帰れる。娘と夫を失った王妃様も、元のキミが帰ればどれだけ安心するか」
ルキーニの言葉に少なからず動揺するツガル。
しかしツガルはすぐに呼吸を整えて顔を上げた。
「オレは……!」
『ピンポンパンポーン……グスタフさん。グスタフ・ビンネンメーアさんとお連れ様。10番の扉の前でお待ちください』
館内放送に遮られ、ツガルの言葉はかき消された。
何も言わず、ツガルはその感情の矛を収め、呼ばれた扉の方へ行くため立ち上がるのだった。
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