無人島の警備員

横浜いちよう

第1話 謎の無人島

意味も分からず働くってのは、なかなかモチベーションが上がらない。でも、もうすぐあがれる。早く関口さん来ないかな。早く帰りたい。


ここは太平洋のど真ん中の島。羽田から普通の飛行機で3時間半、最新の高速飛行タクシーなら1時間半で横浜のマンションまで帰れる。一年中暑くてしかも湿度も高いから、過ごしにくい。空気がまとわりついてくる感じだ。悪夢の中で、もがいても、もがいても、全然前に進まない様なそんな空気だ。

そのせいか、この島は無人だ。広さは自転車で30分あれば一周出来てしまう。それでも20年前はまだ2、3軒の家に人が住んでいたのだが、今は廃墟となっている。その大昔は石炭が取れたとかで、けっこうな人口で、学校や病院もあったらしい。


ここ太平洋第八管区第十六派遣隊に配属になって、早くも3年が経とうとしている。人生は本当にあっという間だ。前の仕事を辞めたのが44だった。辞めたというかクビになったんだけど。

現代ではロボット技術が急速に発達したおかげで、人間は仕事をしなくても食べていけるようになった。生産はほぼ限りなく自動で出来る。80年前に石油石炭燃料の凄い鉱脈が世界中で続々と発見されて(それも新しい掘削技術のおかげだが)、しかも世界は寒冷化、氷河期に突入したので、大昔に騒がれた温暖化が大嘘だったことが分かり、CO2の排出量を気にせずに、世界中でどんどん火力発電所が建設された。そのおかげで電気料金はほぼ無料となり、ロボット化も進み人件費も無料、世界中の工業や農業はただ同然の経費で製品や食料を生産出来るようになった。世界中で低価格化が進み、人間は働かなくても生活出来るようになった。一時期は全世界の人類のじつに80%が無職となったという統計もある。しかし人間というものは不思議なもので、自由過ぎると不自由が欲しくなる。縛りがなくなると縛って欲しくなる。働かなくてもよくなると、働きたくなる。現在では約60%の人類が何らかの職についている。

俺も色んな職についた。すぐ辞めたのもあれば、7〜8年続けたのもある。無職でも生活は出来るので気軽に退職もできる。

この仕事に就いてから、何だかんだで6年になる。長い方かな?この太平洋の無人島に配属になってからは3年だ。しかし今だに何故この島に警備員が必要なのか分からない。珍しい魚も獲れないし、珍しい動植物もいない。むしろ、生き物自体が少ない気がする。こうやって改めて考えてみると、かなり少ないんじゃなかろうか?でも他の島を知らないから比べようもない。漁船も外国船も誰も来ない。うちの会社の関係者を除いては。

廃屋は多いが今も使える建物はここしかない。警備で使用している三階建ての小さなビル。1階は仮眠室と事務室と風呂とトイレ。2階はキッチンにテーブルと棚が二つ。警備関係の本が数冊と五年分の警備日誌。3階は倉庫だけど布団が2組あるだけの何もない部屋。この日誌も契約先に提出するはずだけど、一回も提出した形跡がない。俺がここに来た時にはもう溜まっていた。そもそも契約先が何処なのか隊員には知らされてないっていうのも、おかしな話だ。丸田管区長に聞いてもはぐらかされるだけだ。

「詳しくは言えないんだけど、ある公共団体で、まあ、内々に依頼された案件だし、ちょっと特殊なんですよ。でも、やる内容はいつもと同じようなものだし、なんか特殊な対処があるわけでもないし、クレームになるような部分もないはずだからさ。」とかなんとか。

ただ少し怪しく思える部分もないではない。島の外周の巡回は何も問題ないし、密猟してるような輩も皆無だ。問題があるとすれば、この警備室のあるこの建物の地下だ。巡回のコースにもなっていて、最後に廻るところなんだが、ここに何か研究室のような大きな部屋が5、6ヶ所ある。

1階の廊下の突き当たりに地下に行く扉がある。その中にはエレベーターと階段があり、地下1階は倉庫になっていて、大小のダンボールやプラスチックの大きなケースやパレットなどが整然と並んでいる。地下2階には何故か、かなり立派なシェルターがある。何から身を守る事を想定してるのかは分からないが、ほとんど戦争やら紛争の無くなったこの時代に、少し異質だ。しかも、割と新しく作られたものらしく、中の作りや装備は最新のもののようだ。

そして地下3階が研究室のフロアになっている。もちろん誰もいないし、出勤してくる人もいないのだが、研究室の中の機械やら計器類やらは最低限には動いているらしい。少なくとも俺がこの島に配属になってからの三年はそうだ。何でこんなに怪しく思うかというと、昨夜の巡回で見てしまったんだ。正確にいうと見た気がした。何かの影を。

このフロアには5つの部屋がある。エレベーターを降りると長い廊下が真ん中にあり、その左右に、壁の中央より上の部分が強化ガラスになっている部屋が2部屋づつある。廊下の一番奥に一部屋あり、外からは扉だけしか見えない。全て厳重に特殊なロックがされていて、警備は立ち入る事が出来ない。この4部屋に至っては扉が何処にあるのかも分からない。隠し扉が何処かにあるのだろう。怪しい。

ガラスになってる4部屋はそこからある程度は、中の様子がうかがえる。大きな実験用の、手だけ入れられる様なケース、ランプやディスプレイが並んだ大きな機械、ファイルの並んだ棚、デスクの上には試験管やビーカー、サンプルの入っているらしい透明のケースなど、どの部屋もいかにも研究室という感じだ。しかし、いつも不思議に思うのは、もう何年も使ってないはずなのに、つい昨日まで使っていたかの様な雰囲気と雑然さがある。何故そう感じるのかは分からない。思い過ごしだとは思うけど、不思議だ。

そして、その昨日見た何かは奥の部屋に向かって右手の奥側の部屋にいた。実験用のケースの隣のデスクの上あたりを、何かネズミ程の大きさの影が素早く横切った。ネズミではないはずだ。これらの部屋は何か特殊な実験をしていたらしく、密閉度がかなり高い。換気関係のダクトなどもかなり特殊で、蚊やそれこそ蟻も入れないような造りになっている。しかもどの部屋の設備も死んでいない。様々なランプやディスプレイは光ったり動いたりしているからだ。どこか破損していたり、廃墟の様な感じは全くない。まあでも、もう何年も人が入っていないのは事実だし、メンテナンスもしてないし、ダクトやなんかが、何処か破損でもして、そこからネズミが入っていても不思議ではないか。異常の発報があったわけでもないし、見間違いの可能性もあるし、いいんだけど。


「あ、来た来た。」

その時、関口さんを乗せた高速有人ドローンタクシーが飛んでくるのが見えた。7:58交代の約30分前、いつも通りだ。

「お疲れさまです。よろしくお願いします。」

「おつゅかれしゃまれす。お願いしぃまっしゅう。」

関口さんは歯が何本か治療中らしく、恐ろしく滑舌が悪い。治療途中とはいえ、今どきこんな風にしか治療しない歯医者なんてあるのだろうか?多分医者に行ってるなんて嘘なんだろう。

「じゃあ、着替えてきまぁしゅ。」

たしか俺より4、5歳上だから50代半ばだと思うが、もっと老けて見える。10以上は年上の感じだ。顔がシワシワだし、肌はボロボロだし、スーツもいつもヨレヨレだし、白髪の多い髪もくしゃくしゃで清潔感のカケラもない。まあ、良い人ではあるんだけど。いつもニコニコしてるんだけど、何聞いてもトンチンカンな答えばかり返ってくるから、きっと耳も悪いんだろう。まあ、大した仕事がある所じゃないからいいんだけど、何ていうか、うちの会社の人って、なんだかなぁって人ばっかりだなー。40代なのに漢字がほとんど書けなかったり。(日を書こうとしてるのに目って書いちゃってたもんなぁ。)小学校の同級生を3人しか覚えてなかったり。自分の名前を言うのに緊張し過ぎて言えなくなったり。10秒前に頼まれた事を忘れてたり。世の中想像よりすごいんだよなぁ。

まあ、あとは制服に着替えた関口さんに簡単な申し送りをすれば帰れる。

「ああ、お疲れ様です。特に何も無くて、いつもどおりです。」

「ああ、しょうでしゅか、了解しゅましゅた。」

「ただ、昨日の夜の巡回の時に、あの、地下の研究室あるじゃないですか?」

「はい。研修室ですか?」

「いや、研修室なんてないじゃないですか、地下の研究室です。」

「ああ、研修室はなかったでしゅか。地下の研究室ですね、了解でしゅ。」

「はい、あの最後に巡回する場所です。」

「ああ、はいはい。」

ほんとに分かってるのだろうか?

「そこで、(警備)日誌には書いてないし、報告もしてないんですけど、何か小さい動物が横切るのを見たんですよ。でも密閉されてているはずは無いんで、ちょっと注意して見ておいて欲しいんですよね。」

「ああ、分かりましぃた。」

絶対分かってないよなぁ.......。まあ、いいか。もう疲れたし。

「じゃあ、お願いします。」

「了解でしゅ。」

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