11
私は立ち直れませんでした。
でも、私以上に立ち直れなかったのが、セルディ様でした。
トビは、シリア様が亡くなったことよりも、双子の弟が去ったことが大きいと言います。でも、私には、やはりシリア様の死が、あの方を深い心の闇に留めているのだと思いました。
あの日結ばれるはずのエーデムとの同盟は、王の名代が馬を盗んで走り去ってしまったことで、白紙撤回となりました。あの方には、やらなければならないことが山積みされていました。
「これは……レグラス様の死以来……いや、それ以上にまずい状態ですね」
パルマ様がおどおどしながら、塔の上を見上げます。
あの方は、なんとシリア様が飛び降りた部屋に籠ったきり、ほとんど降りてこないのです。
鍵をしっかり掛けてしまい、誰が呼びかけても出てきませんでした。少し気が収まるまで、そっとして置こう……ということになりました。
でも、私はトビたちに秘密を持っていました。
私は、シリア様のお世話をずっとしていました。シリア様は、やはり人を避ける方だったので、よく部屋に鍵をかけました。ですから、私は、合鍵を作って持っていたのです。
シリア様を殺す原因になった私。
私がどうにかしなければ……という気持ちになり、鍵のことを誰にも言いませんでした。
夜にまぎれて、私は塔に登り、シリア様の部屋の扉を開けました。
私は、恐る恐る部屋を見渡しました。すぐに部屋に入る勇気はありませんでした。
机の上に、小さな燭台と火に照らされた真っ赤なグラス。かなり飲んだらしい半分あいた酒瓶。さらに床に空の瓶が何本か。その向こうに、窓枠に半身で腰掛けているセルディ様がいました。
顔色がとても悪いように見えました。
お酒に酔っているようにも見えましたが、あの方はいくら飲んでも酔えないたちでした。
「……あの」
小さく声をかけましたが、あの方はぴくりともしません。私はそっと扉の隙間に体を滑り込ませ、部屋の中に一歩だけ入りました。
あの方をよく見て……小さな悲鳴をあげてしまいました。
あの方の手には、ウーレンの短剣が握られていて、左腕から血が滴り落ちていたのです。顔色が悪いのも、虚ろな瞳なのも、床に滴るほどに流した血のせいでした。
私の悲鳴で、やっとあの方は侵入者に気がついたようです。
「どうしたの? こんな時間に」
まるで何事もなかったかのような声。蝋燭の光のせいかどこか恍惚とした表情にも見え、私はかえって恐ろしく感じました。
「用事がないならば……帰ってほしい。僕は、一人でいたいから……」
そういうと、あの方は窓から空を見上げて目をつぶりました。そのまま気が遠くなったら、間違いなく窓から落ち、シリア様と同じ運命をたどることでしょう。
部屋は、シリア様がいたときと何も変わっていません。彼女が使っていたベッドや家具、そして髪を解くブラシが鏡の前に置かれたまま。
シリア様が、そこにいた時とまったく同じままなのです。
「……セルディ様……」
震えを抑えながら口を開くと、自然と声がでました。
何を言っていいのかわかりません。でも、何か言わないと、シリア様の思い出がたくさん詰まったこの場所で、あの方は死を選んでしまう。
その私の心配に気がついたのか、あの方は乾いた笑い声をあげました。
「……まさか、君は僕が後を追うとでも?」
でも、間違いなくこのままならば、シリア様の後を追ってしまう。酔わなくてもお酒が入っているからなのでしょう、出血はただならない量でした。私のほうが卒倒するかと思うほどに。
「僕は、死ぬ気なんてないよ。僕の前から逃げていった女にだって、もう興味がない」
「わ……わかっています。今、血を……」
私は血がとても恐ろしかったのです。でも、ここで負けたら、あの方は死んでしまう。そちらのほうが、もっと怖かったのです。
私は、机の引き出しから、かつてシリア様の指を結んだ包帯の残りを見つけ出しました。でも、とても長さの調節など考えつきませんでした。そのままあの方の左腕にそっと近づき、ぐるぐる巻きにし始めました。
まるで、あの方は私に気がついていないようでした。私のなすがままになっていたのですが、ほぼ巻き終えたくらいになって。
「そんなに僕が怖い?」
私の手は、確かに震えていて、包帯の最後を縛ることができませんでした。
「……いえ、そんな」
焦れば焦るほど、上手く行きません。
「君と僕と……どこが違う? 君は、怖いと回りにあたり、僕は僕にあたるだけだ」
「え? え……」
手先に集中していたせいもあり、私の返事はあいまいでした。
「君と僕は似ている。だから、君は僕を見ようともしない。同じ闇を持っている僕に惹かれるのが怖いんだ」
まるで独り言です。私にはよく意味がわかりません。
「……いえ、そんな。あ、もう少しで終わりますから」
包帯の始末がつけられそうで、私は生半可に言葉を返しました。
あの方は、その態度に怒ったようでした。急に立ち上がったかと思うと、私の手をとり、ひねりあげました。
「あっ!」
私は思わず痛さに悲鳴をあげました。
そして……目の前にいるあの方を――あの方の目の色に恐怖しました。
――赤? 赤いの?
蝋燭のわずかな光のせいでしようか?
でも、目を凝らして確かめる暇はありませんでした。
その次の瞬間、私は引き寄せられ、あの方に唇を奪われていました。
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