いったいいつからなのでしょう?

 あの方が、シリア様を愛したのは……。


 私には、お二人は敵同士に見えていました。

 むしろ、シリア様とセルディ様を取り持ちたいとさえ、考えていました。

 まさか、あの方が、あんなに一途にシリア様を愛していたなんて、思いも寄りませんでした。

 リューに戻った私を待っていたのは、信じられないほどのセルディ様のシリア様に対する求愛とそれを拒絶するシリア様の、壮絶な毎日だったのです。


 私はその間で、シリア様のお世話をし続けました。

「僕は君を愛している。君も僕を愛しているはずだ」

 シリア様にそう言い放つあの方の声に、私は何度も耳を塞ぎました。

「止めて! あなたなんか私は知らない!」

 甲高い悲鳴にも似たシリア様の声。

 そして、部屋を追い出されるあの方を引き継いで、私はシリア様が落ち着くように、お相手するのです。

 シリア様は興奮して泣き叫び、あの方が置いていったものは、すべて窓から捨て去りました。

 心をこめた花も、愛を綴った手紙も、私が欲しかったもの、すべてを。

 どのようにわがまま勝手をされたところで、私は一度もシリア様を恨んだことはありませんでした。たしかに、私の苦労を知ってほしいと願ったことはあります。それは、シリア様が好きだからこそでした。

 でもこの時、初めて殺してやりたいほどに、憎く思いました。

 この女は、私が求めて止まないものを、バラバラにして、ゴミのごとく捨て去るのです。


 ――そう、あの方の心を……。


 なのに私は殺せないのです。

 逃げ出すこともできないのです。

 こんなに憎いシリア様の髪をとき、時に「痛い!」とわがままに手を払われ、「申し訳ありません」と謝るのです。


 あの方は、シリア様のせいで、おかしくなってしまわれた。

 

 いっそ、殺せるほどの勇気があれば、その後の不幸はなかったでしょう。私は、汚い汚れた気持ちから、もっとも悪い方法を選んでしまったのです。




 屋上であの方が私に優しい声をかけてくださったのは、今から思えば哀れみだったのでしょうか?

 思っても思っても答えてはくれない相手のことを、ご自身の仕打ちと重ねあわせたのでしょうか?


「レサ。ごらん、夕日がきれいだ」

 まるでエーデムにいた時のように、あの方の言葉は優しく聞こえました。

「シリアとタカ、トビ、そして、君。エーデムがなつかしい」

 夕日を見つめながら、あの方は、本当になつかしげに目を細めたのです。

 あの方がそう思っているはずはありませんでした。

 そう思って辛いのは、私のほうでしたから。

 あの方は、じっと夕陽を見つめたあと、うつむきました。

「君を、エーデムに帰してあげるよ」

 私は、驚いてあの方を見つめました。

「タカの言う通りだった。僕は君をもっと早くに故郷に帰してあげるべきだった。君の気持ちには応えられない。それなのに……僕は残酷だったね」

 それは、私が久しぶりにあの方からかけられた、誠意ある言葉でした。でも、同時に私の心を引き裂く本心でもありました。


 愛されていないことはわかっている。

 愛されるはずもないことも、わかりすぎているほどに。


 私の恋心は、始まった時から、ずっと生殺しにされていました。いっそ、息の根を止めてほしいと、何度も何度も願いました。

 でも、本当に止められてしまうと……。

 私の心は闇に染まりました。

 そして、私にしか知り得ない、あの方の心を引き裂く方法をとってしまったのです。


 つまり……シリア様の想い人を明かすこと。

 しかも、その相手は、あの方の血を分けた双子の弟だったのです。


 その効果は、私の想像以上に悲劇を生みました。

 あの方は、シリア様をお許しになりませんでした。そして、シリア様は、あの方の手を逃れるために、心を閉ざしてしまわれました。

 私は、ただまっすぐにあの方を愛したつもりでした。でも、実は歪み、曲がりくねり、人を妬み陥れる汚い愛だったのです。


 愚かな告げ口を悔やんでも悔やみきれませんでした。

 でも、本当の不幸はそのあとに来たのです。



 愛されていないことはわかっている。


「君の気持ちには応えられない。それなのに……僕は残酷だったね」

 そう言われた瞬間に、泣いてすべてをあきらめればよかったのに。


 私は、シリア様が正気を失った後も、お世話を続けていました。

 セルディ様に頼んで続けさせてもらっていたのです。それで、少しでも罪滅ぼしが出来るならば……そう思っていました。

 でも、罪滅ぼしの日々は、私をどんどん消耗させていたのです。

 まるで人形のように何の反応もしないシリア様に、あの方は暇を見つけては会いに来ていました。石のようになったシリア様に話しかけ、髪を梳き、時に口づけして去ってゆくあの方を見るのは、私にはまさに罰を与えられているかのようでした。

 唇をかみ締め、泣かないように我慢する日々。

 それだけの愛を、欲しかったのは私だったのに……。

 私は、別の女につくすあの方を見守っているだけ。

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