第60話転生者側の真実
『魔王を殺して欲しい』
そういったステラちゃんと視線が交差する。
その意志が篭った瞳は冗談で言っているわけではない事を僕に教えてくれた。
「何言ってるんですかっ! いきなり転生者を名乗ったと思ったら次は事もあろうに魔王を殺せだなんてっ! 魔王がどれだけ危険なのか知らないんですかっ!」
僕が考え込んでいると亜理紗がステラへと喰って掛かる。
「知ってますよっ! 私じゃどうにもならないから…………。だから頼んでるんじゃないですかっ!」
そんな亜理紗にステラは強い言葉を返した。
「私達だって今を生きるのに精一杯なんですよっ! それなのにそんな危険な人物に目を…………もしかしてその為に六魔将と戦わせたんですかっ!?」
どうやらそれが答えだったらしい。ステラちゃんの瞳はそれを肯定していた。
怒りでステラちゃんに飛びかかろうとする亜理紗。僕は彼女を後ろから抱きしめると。
「亜理紗。落ち着いて。このままじゃ会話が出来ないから」
「なっ、直哉君っ!?」
先程のステラちゃんと違った良い匂いだ。僕は興奮している彼女を抱きしめて離さない。
「それでステラちゃん。どうして魔王を殺して欲しいの? 世界平和の為?」
僕が知る限り彼女は平和と平凡を愛する少女だったはず。そんな彼女が思い詰めてまで魔王討伐を願うのは何故だ?
「転生の時。それぞれが新たな人生に向かう直前、声の主が言ったんです」
ステラちゃんは僕の疑問に答えた。
「『これから転生した先で君達には殺し合いをして貰います。手段は何でもあり。道具を使おうが人を使おうが自由です。お互いの姿を探し当て殺し合い。最後の一人になったら…………』」
そこで泣きそうな顔で見上げる。
「『…………その人物を魔神として取り立てて上げよう』って」
僕の目の前で亜理紗が絶句をする。そして僕にもたれかかると。
「そんなのっ…………私達と…………同じ?」
白い世界。十三人の選ばれた人間。神へと至る道筋。それらキーワードは僕らの現状と完全に一致している。
「だから私。生れ落ちて動けるようになったら必死に勉強しました。錬金術や魔法。更には剣や槍の取り扱いなんかも」
彼女は努力したのだろう。だが、それでも努力は実を結ばなかったらしい。
「だけど、私って才能が無かったから。靄の世界でも何にも貰ってなかったし。次第に諦めてきてお父さんと普通の人生を過ごしていこうと思っていたらアイツに会ったんです」
そんな時。四天王の一人に出会ったらしい。
「そしてそこで初めて私は自分の能力が開花しました。ピンチになって能力が発動するなんて日曜の朝にやっているアニメや漫画みたいな話って本当にあるんですね」
そこで魅了のスキルを手に入れたらしい。
「それからは私の人生に兆しが見えたんです。魔王さえ殺せれば…………少なくとも殺される事は無くなるって」
もはや形振り構ってられなかったのだろう。その時のステラちゃんの心境は僕にも推し量れる。
ただ、生きたいと願うことには罪は無いのだから。
「だから平松さんや藤堂さんを見たとき思ったんです。転移者で凄い能力を持つ人を支配すれば私は殺されること無く生きられるんじゃないかって」
そう言って項垂れるステラちゃんに僕は質問した。
「それが本当なら魔王は転生者なの?」
「ええ。四天王のブラックパールから聞いたんです。魔王の年齢に時折見せる発明品の数々は日本にある道具に酷似している。そして膨大な魔力。それらはあの世界で欲望のままに願いをしていたある男と同じでした」
四天王経由で得た情報はそれなりの確度を持つ。僕はステラちゃんの情報に一定の信頼を寄せることにした。
「他の転生者がどういうつもりなのか解りません。ですが、魔王は確実にこの世界を支配するつもりです。そうした上で私達転生者を見つけ出して根絶やしにするのです」
「なるほど。そうなると流石の僕も困るな」
何せこの世界をまだ十分に歩き回っていないのだ。
まだまだ行って見たい国や食べてみたい料理もあるし、何より――。
僕は目の前の女の子達を見る。
話が難しくてついていけないのか眠そうなシンシア。
「ん?」と首を傾げてパッチリした瞳で僕を見るエレーヌ。
不安そうな表情で僕と目を合わせる亜理紗。
全員が僕には勿体無いぐらいに可愛いらしい女の子だ。
僕は彼女達ともっともっとこの世界を楽しみたいと思っているのだ。それには魔王は邪魔でしかない。
「話は解ったよ」
ステラちゃんの事情は理解した。
転生者同士の争いというのは僕や亜理紗にしてみれば聞き捨てならない事態だ。
確実にこちらの転移者側にも影響を及ぼす事件だからね。
「じゃ、じゃあっ!」
僕の言葉に期待を膨らませたステラちゃん。そんな彼女に僕は答えた。
「僕らは魔王と戦わない事にする」
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「えっ? 話を解ってくれたんですよね?」
ステラちゃんの気の抜けた声に僕は頷くと。
「もちろん。理解したよ」
「だったらなんでっ!?」
「そんなの決まっている」
僕はエレーヌとシンシアを見ると。
「勝算が無いからだよ」
はっきりと宣言した。
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「藤堂さん達って四天王を倒したんですよね?」
ステラちゃんの質問に頷く。
「だったら魔王ぐらい倒せたりしないんですか?」
その質問に僕は答える。
「無理だと思うよ。だってあっちは16年かけて準備してきてるわけだし」
ミスミス罠に嵌りに行くようなものだ。
僕は自分を最強だと思ったことは無い。レベル差と神器で他者を圧倒しているようにみせているが、それは間違いだ。
世界の奥へと入っていくにつれて化物クラスの敵が現れると考えているからだ。
そして魔王という存在は僕の中では間違いなく最強クラスの存在と認識している。
逃げるだけならば恐らく可能なはずだが、いざ戦うとなると厳しいと言わざるを得ない。
相手のレベル次第では…………いや、組織だった敵対をされればどう足掻いても勝ち目は無い。
僕はその事をステラちゃんへと説明してみせる。
「そっ。そんな…………」
絶望の表情を浮かべるステラちゃん。僕は彼女の【魅了】で何とかできるのでは? と考えてみたがすぐに無理だと気付いた。
彼女の戦闘能力は低い。持ち前のスキルも人数制限があるらしい上に、側近には女も居るだろう。
さらに、転生者同士で能力が通用するかも未知数なのだ。
試してみて駄目だったでは済まないのだろう。
「だっ…………だったら私はどうしたら…………」
その言葉に僕は答えない。折角魔王と関わらないようにしようと思っているのだ。
彼女を抱え込んでしまえば、エレーヌやシンシア。亜理紗へと危害が向かう可能性がある。
僕は何も言わずに冷めた目で彼女を見ていた。
そうすると――。
「だったら私が護ってあげるよっ!」
「シンシアも。です」
二人の師匠が僕の前に立ちはだかるのだった。
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