第59話転生者と転移者
「亜理紗。ちょっと塩だして」
「えっ? 直哉君が使いかけのやつ持ってるんじゃないの?」
「あっそれなら私がもってるよぉ」
「ローリエも入れる。です」
和気藹々と雑談をしながら中心では鍋に火がかけられていて、そこではシチューがぐつぐつと煮込まれている。
「んっ。こんなもんかな? エレーヌ。これでいい?」
味見用の小皿にシチューを少しそそって飲む。中々僕好みの味に仕上がったようで、念のためにエレーヌに意見を聞く。
「ん。美味しいと思うよ」
僕に寄せて小皿を受け取って飲むエレーヌは嬉しそうに笑うと味の保障をしてくれた。
「4種類のドラゴンシチュー。美味しいに違いない。です」
シンシアの目が完全にシチューに釘付けだ。涎を垂らすのであまり近づけさせないようにしている。
大人しい物腰に騙されそうになるが彼女は意外と食いしん坊なのだ。
「それじゃあ全員分配ったところで食事にしよっか」
亜理紗が全員に配膳をしたところで僕らはスプーンを片手に食事の前の挨拶を――。
「「「「いただきまーーーー」」」」
「ちょっと待ってくださいですぅぅぅぅーーーー」
しようとして叫び声に邪魔された。
僕はうっとおしそうに振り向くと。
「なんだよ。ステラちゃん」
そこには縄に縛られて簀巻き状態で転がってるステラちゃんが居た。さすがにごつごつの地面に置くのは可哀想なので柔らかい藁を敷き詰めて上げている。
「なんだじゃないですぅっ! どうして私だけ縛られてるんですかぁぁぁっ!」
涙を流しながら「ビッタンビッタン」と飛び跳ねる。前世は魚なのかな?
まるでまな板の上の鯉みたいだね。食事は用意できてるから調理しないけどさ。
「ステラちゃん。煩い。です」
「食事のときは静かにだよ」
エレーヌとシンシアの食いしん坊コンビに窘められるのだが。
「何でこの流れで食事をしようと思ったんですかっ! 私。転生者って言いましたよねっ?」
「いや。だってその話長くなりそうだからさ。僕ら昼飯まだだったし、戦闘して空腹だったからさ」
往々にして空腹での会話というのは空してしまう事が多い。だからこそ僕らは先に食事をとってから真剣にステラちゃんの話を聞くことにしたのだが…………。
「だったらどうして私だけこうして縛られてるんですかぁ。これって虐めじゃないですかっ!」
「いや。だってねぇ」
僕としては心が痛むのだが。
「縄解いたら駄目ですからね」
僕の視線に亜理紗はきっぱりと断りながらシチューを食べている。
「と言う訳で僕もそろそろシチューが冷めるから」
全員が無言でシチューを食べる中、僕と彼女だけはこの場に置いて立場が悪いのを自覚している。
方や魔王軍疑惑。方や女の敵疑惑。
「せっ。せめて食べさせてくださいよぅ。私もお腹すいたんですっ!」
そう言って子犬のような瞳を僕に向けてくる。
「まあそのぐらいならいいかな…………」
シチューは大量に作ってあるし。亜理紗は優しい女の子だ。このぐらいならば僕の権限で施しても許してくれるだろう。
「ステラちゃん。起こすからね」
そう言って抱き起こすと彼女が僕へと寄り添う。
「早くしてください。もう我慢できないんです」
瞳を潤ませて上目遣いに懇願をしてきた。シチューの事を言っているのだろう。
凄く食欲をそそる臭いを漂わせているからね。
「はい。あーんして」
「あーーーん」
それは先日ステラちゃんが平松にしていた光景を置き換えたものだった。
「美味しいですっ」
幸せそうな顔をするステラちゃん。和むなぁ。
僕は続けざまに自分もシチューを口にする。うん。美味い。
ただでさえ希少とされるドラゴンのそれも種族違いの肉が入って複雑なハーモニーを奏でている。
「むっ」
「むぅ」
「むぅぅぅぅぅぅ」
背後からなにやら叫び声がするが気にしない。
「藤堂さん。もっと。もっとください。欲しいですぅ」
欲しがるステラちゃん。僕はそんな彼女に気分を良くすると更に食事を与え続けるのだった。
・ ・ ・ ・
・ ・ ・
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・
「転生者ってどういう事なんだっ! ステラちゃん!」
僕らは彼女を問い詰める。
「いや。さっきまでの食事のあとでよく切り替えられますね…………」
正直もう満腹でどうでもいいと思うのだが、それをやらないことには話が進まない。
「言葉通りの意味ですよ。私は――。いえ、私達はある存在によりこの世界に転生させられたんです」
ある存在。僕と亜理紗は目を合わせる。
「そもそもテンセーシャって何?」
「知らない言葉。です」
エレーヌとシンシアが話しについていけないのか疑問符を浮かべる。
今までその辺の話をしてこなかったからな。これは良い機会かもしれない。
「転生者って言うのはね。別な世界の記憶を持ちながらこの世界に産まれた人間の事を言うんだよ」
日本での知識を生かして内政チートをしたり、農業革命を起こしたり。
新しい人生を謳歌しているような存在。それが転生者なのだ。
「その割にはステラちゃんは何も無いよね?」
もしそうなら調味料の一つも再現してそうなものだが、モカ周辺にはそう言った日本の物は存在していない。
「それは私が5歳で転生したからです。普通そんな年齢の人間が何かの知識を蓄えていたり、秀でた特技があったりしませんよ」
なるほど。学校にすら通っていない年齢であるならば納得だ。
「それより。なんで直哉君や平松さんを狙ったんですか? そして魔王軍との繋がりについても。これを否定してみせなければ結局殺すしかないですよ」
何故か食事が終わると殺気が増している亜理紗。もう少し穏便に聞こうよ。
「その前に。一つだけ質問させてください。藤堂さんと美月さんは転生者では無いのですよね?」
彼女は僕の黒髪と亜理紗の瞳を見てそう聞く。
「うん。区分けとしては僕らは転移者になるね」
「やはりそうでしたか…………」
彼女は一端区切ると考えこみ。そして顔を上げると――。
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・ ・
・
「私は元の世界で5歳になる頃、死にました」
静かに語り始めるステラ。その表情は硬く冷たかった。
「どのようにして死んだかは言いたくありません。とにかく私は死後にある場所へと存在していたのです」
「それはどんな場所?」
「ただひたすら白い空間です。どこまでも続く白と漂う靄。そこには全部で十三人の人間が集められていました」
「っ! それって!!!」
亜理紗が立ち上がる。僕はそれを手で制すると。
「続けて」
「そこで声がしたんです」
『ここは死後の人間が訪れる世界。君達は何一つ成し遂げなかった不幸な魂。だが、嘆く事は無い。君達は別な世界で生を受けて新たな人生をやり直せるのだから』
その言葉にさすがの僕も考える。
「声は言いました。望むのならある程度の境遇を私達に与えた上で生まれ変わらせてやると」
ある者は権力を欲し、国の権力者の子へと生まれる事を望んだ
ある者は大金を欲し、裕福な商人の子へと生まれる事を望んだ
ある者は容姿を欲し、優れた容姿を手に入れて生まれる事を望んだ
ある者は芸術の才能を欲し、何人も手にはいらない感性を持って生まれる事を望んだ
ある者は魔力を欲し、誰もが届かない魔道の極意を手に入れて生まれる事を望んだ
次から次に声が質問するたび。他の人間達は己の欲望を吐露していったらしい。そして――。
「私の番になりました。私はその時全てに絶望していたのです」
その瞳を僕は見たことがある。それはかつてエレーヌが見せた。シンシアが見せた。そして僕が宿していた瞳だった。
「私は言いました『何も要らない』と」
そしてそれから後。転生は実行されたらしい。
ステラの話では他の転生者達は同時期にこの世界へと転生して、そして現在は影響力を強めているらしい。
「そんなのってまるで…………」
亜理紗が上事のように呟く。
僕はその言葉に頷く。
そう…………。
ステラの話は僕らとは違うが、同じ種類のモノだと感じるからだ。
情報を精査する僕らへとステラは顔を上げる。そして――。
「こんな事頼むのは筋違いだと解ってます。ですがお願いですから――」
彼女は言った。
「――魔王を殺してください」
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