第58話万能薬エリクシール
エレーヌの懐疑的な視線が僕へと突き刺さる。その視線は浮気を看破した三年目の妻の如く僕に探りを入れてくる。
僕は別にエレーヌと付き合っているわけでは無いのだが、何故だか後ろめたい感情が押し寄せて思わず謝ってしまいそうになる。
「待ってください。もし本当に魅了されて無いのだとしたら、どうして直哉君はステラさんの指示に従っていたのですか?」
エレーヌの言葉に対して亜理紗は僕から離れて向き直ると疑問を口にした。
「むぅ…………そうだけど…………さ」
不満げな視線を僕に向けながらもエレーヌは黙り込む。
「エレーヌさんには不満かもしれませんが、これは私にしか出来ない役割なんです。私がキスをすれば直哉君の魅了は解けるのです。今がチャンスなんです」
なにやら私利私欲が混じっている気がするけど良いことを言った。確かに今がチャンスなのだ。
僕に魅了が効いていない事を有耶無耶にする意味でも亜理紗とキスするしかない。
「むーっ! むーっ! むーっ!」
シンシアに羽交い絞めされながらも暴れるステラちゃんだったのだが。
「…………その小瓶。何。です?」
彼女は僕の足元に落ちていた薬が入っていた瓶を見つけてしまう。
「あっ! これって…………私が作ったエリクシールが入ってた瓶だよっ!」
名称:万能薬エリクシール
効果:死んでいなければありとあらゆる怪我やバッドステータスから回復する。
必要SP:神界に存在せず
「知ってるんですか?」
亜理紗がその反応に興味を持つ。
「うん。これはトード君から提供してもらった賢者の石を材料にして作った万能薬なんだ。不治の病にかかっていたお姫様を治すのに必要で作ったやつだよ」
そう。今から一年近く前。錬金術師であるエレーヌの前に難易度が高い依頼が舞い込んだ。
それが、万能薬エリクシールの錬金だ。
ドラゴンの牙や太陽の塊などのレアアイテムは何とか入手していたエレーヌだったが、どうしても触媒に使える良いアイテムが無かった。
そんな話を聞いた僕は、その薬の効果が使えると判断してエレーヌに賢者の石を渡して作らせた。
そして、依頼人に渡す前に右手で触れて量産していたのだ。
つまりは――。
「なるほど。何でも治す万能薬ですか」
亜理紗は疑わしげな視線を僕へと向ける。
仕方ないので僕は諦める事にした。
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「それで? どうしてトード君は操られた振りしてたの?」
エレーヌは僕に顔を近づけると睨みつけるように言った。
僕はステラちゃんと共に正座をさせられながら三人に囲まれている。
「一度操られたフリをして情報を引き出そうとしてたんです」
「嘘だね」
「嘘ですね」
「嘘。です」
僕の真剣な言葉を三人は揃って否定する。
「君達性格悪くない? もう少し仲間のいう事を信じようよね」
あまりの態度の悪さに僕は憤慨してみせる。仲間ってもっとこう信頼しあうものじゃないのかな?
「それより。良く咄嗟にエリクシールなんて飲めましたね。その人の魅了スキルはかなり強力なのに」
亜理紗は神の瞳で読み取ったステラちゃんの能力を読み上げた。
準備として嗅がせる【魅了の香】これで僕は半ば冷静な判断を失っていたのだ。
もしあのままキスをされていれば骨抜き状態で彼女に魅了されていたにちがいないのだが。
「六魔将と戦う時についでに見てみたら、ユニークスキルが見えたからね」
半ばぼーっとした意識ではあったものの、その存在を確認した僕は自分の状況を思い出した。
そして、隙をついてエリクシールを飲んだ後はステラちゃんの出方を伺っていたのだ。
「それにしてもまさかステラちゃんが魔王軍の関係者だったなんてな…………」
僕は残念そうな目で隣に正座しているステラちゃんを見る。
「ほんとうだよっ! 何かの間違いじゃないかと思ったけど、六魔将は本物だったし」
裏切られたようにエレーヌは悲しい表情を作る。
「失望。です」
シンシアも悲しそうだ。良く一緒に遊んでいたしな。
塞ぎこむ僕ら三人をよそに。
「朝倉さんの言うとおりだったという事ですね。魔王軍と会話をしていたというのは半信半疑でしたが、状況証拠は残ってます」
睨み付ける亜理紗に。
「だっ。だったらどうするつもりなのよっ!」
ステラちゃんは言い返した。
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「ひっ!」
ステラちゃんの悲鳴が漏れる。
「最初は朝倉さんの言葉は平松さんを取られた単なる嫉妬かと思っていました」
亜理紗はウルの弓を引くと照準を彼女へと向ける。
「だけど、実際に直哉君の様子がおかしくなり始めたあたりで私も警戒するようになったんです」
今思えばそれも策略だったのだろう。この場で最強の僕さえ味方につけてしまえば後はどうとでもなるのだから。
「あっ、亜理紗。何も殺さなくても…………」
それは僕も考えていながら口に出来ない言葉だった。何故なら…………。
「いいえ。彼女は魔王軍の関係者。それも直哉君や平松さんに対して相性が良いユニークスキルの使い手なんです」
それは、彼女のスキルが僕らに対して有効だからだ。
剣で攻撃されれば防げば良い。魔法で攻撃されれば跳ね返せば良い。
だが、魅了を使っての絡め手には対処が難しいのだ。
「トードーさん誘惑する。困る。です」
シンシアも見解は一致している。
これ以上僕をとられるのは困るのだろう。
「…………わかったよ。仕方ないよね」
エレーヌも諦めたのか目を閉じる。
「たっ、たすっ…………たすけ…………て」
ステラちゃんの掠れた声がする。だけど、僕も魔王軍の人間を見逃す訳にはいかないのだ。
亜理紗が弓に力をこめる。
僕らは全員が彼女と知己なので手を下す事が出来ない。
シルヴェスタのおっさんに何て説明しようかな…………。
僕らは最後の結末を見守っていると。
「私は転生者なんですっ! 殺さないでくださいっ!」
「「えっ?」」
僕と亜理紗は間抜けな声を上げるのだった。
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