第31話キリマン聖国
『すぐ帰ってくるって言ったのに嘘つきっ!』
コールリングの念話が直に頭に響く。
『だから。事情が変わったんだから仕方ないよ』
怒鳴り声のエレーヌに僕は諭すように答える。
『それで…………トードーさんは何処に居る…………。です』
『その声はシンシアか。エレーヌが話し聞いてくれないんだけど。どうにかしてくれない?』
僕は第二の師匠に助けを求める。
『早く! 言う…………です』
だが、何故か彼女も絶賛不機嫌な様子。
『ああ…………えーとここは…………』
何故、僕はこのように二人の師匠から詰問されているのかについて考えつつ答えるのだった。
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「いやー。まさかなおっちが本当についてきてくれるとは思わなかったっす。それに相川さんも美月ちゃんまで」
目の前では愉快な顔をした上杉がこれでもかというぐらいの満面の笑みを浮かべている。
「上杉を放っておくと死にそうだからね。他に目的もあったしついでだよ」
「ひどいっす。でもそれが事実っぽいから本当に感謝してるっすよ」
何せこの上杉。誰一人としてパーティーメンバーを誘う事が出来なかったのだ。
もし僕らが参加しなければ彼はソロで旅立ち、もしかすると志なかばで倒れていたかもしれない。
「藤堂君。これから宜しくね…………って本当は一年前に言いたかったのよね」
「そういえば何で僕の事探してたの?」
思い出してみれば何故彼女達が追いかけてきたのか未だに聞いていない。
そんな僕の問いに対して相川は――。
「うーん。強いて言うなら【運命】かしらね」
なるほど。そのユニークスキルの【prophetess】という単語に関連しているぽいね。確か【予言師】だっけか。
「やーっと帰ってきたっすよ」
上杉が向かう先には古き良き街並みが広がっており、その周囲を黄金色の植物が囲うように植えられている。
「ここがキリマン聖国の領土なのか?」
「そうっす。ここは地方の街っすけど、ここから1週間程馬車で旅をしたところにある首都ジャロは神殿の数が多くて壮観っすよ」
この世界には全部で三つの大国が存在する。
一つは僕が所在地にしているモカ王国。その首都はサナア。魔法と錬金術の技術に秀でた技術大国だ。
一つはブルマン帝国。首都はマイカジャ。数千年続く歴史を持つ帝国で、奴隷制度を導入している。
国民の2%が貴族で20%商人や兵士。残りの78%は奴隷となっている。
とにかく数が多く、戦争ともなれば肉体労働中心の奴隷をぶつけてくるらしく。近隣の国家より恐れられている。
そして最後の一つが――。
「キリマン聖国って宗教国家なのよね確か?」
「そうっすね。しかも複数の宗教が共同で国営してる宗教大国っす」
なんでも、過去に神が光臨した土地らしく、その名残なのか聖地として崇められ日々参拝者が訪れると聞く。
「複数の宗教が国をまとめるなんて出来るの?」
「へ。なんでっすか? 別に問題ないっしょ」
「いや。なんで問題ないのよ…………普通揉めるでしょうが」
「実際。元の世界でも多数の宗教が入り込んでる国は存在するみたいだよ。凜ちゃん」
上杉の言葉に美月が補足を加える。
実際、インドなどは6つの宗教が入り乱れた中で生活をしているわけだし、宗教国家とはいえ、管理できるのなら問題は無い。それよりも…………。
「まあいいっす。取りえず宗教問題は根深いんで置いておくとして…………」
「そんな事より上杉。コメは何処だ?」
そう。僕がエレーヌの元への帰郷を遅らせたのはここにいる上杉が聞き捨てならない情報を持ち出したからだ。
「うん? なおっちには見え無いっすか? あの黄金色に輝く稲穂が」
「おおっ!」
まるで先を見通す指導者のようなポーズで指差す先には確かに黄金色に輝く植物が存在する。
見ていて全く懐かしくならないのは普段から見た事が無いからに違いない。
「あれが米なのか?」
「そうっすね。それにしてもなおっちの国には稲が無かったなんて逆にびっくりっすよ」
「国土の違いと立地だろうな」
大陸の中央にあるキリマン聖国は土壌が豊かなので稲を栽培するのに適している。
対して海に寄っているモカ王国のサナアはどちらかと言うと漁業だったり外部からの輸入品がメインとなる。
そして三大大国の中でもモカ王国とキリマン聖国は離れている上に外交上の関係は冷え切ってるらしいので、そこを往復する商人は皆無らしいのだ。
誰だって波風立つような商品を仕入れるよりはブルマン帝国までで歩みを止めて往復したほうが良いと考える。
「そんな事より早く食べに行こうじゃないか!」
「藤堂君ってクールだと思ってたけどそうでもないのかな?」
相川が白けた目で僕を見る。
「あはは。でも気持ちはわかるよね」
一方、美月は僕に恭順を示す。
そんな訳で僕が帰宅を遅らせたのは米を確保する為だったのだ。
☆
「それでこれからどうするって話なんすけど」
美味い食事を終えると上杉がカップを片手に意味ありげな言葉を言い出す。久しぶりに食った米は懐かしくて美味しかった。僕は今後も定期的にここに来ようと決意した。
「これから? 後は寝るだけだろ?」
正直食いすぎたので今日はもう動きたく無い。
「そうじゃなくて今後の予定っすよ。俺が神になる方法を考えるっすよ」
その上杉の言葉に僕は首を傾げる。
「そもそもソロが一番効率がいいのは解ってるんだから、武器とポーションもってダンジョンに突っ込んできたら?」
「いやいやいや。無理っしょ!」
はて。どうしてなんだろう?
「藤堂君。そんな経費が掛かる狩りをしていたらあっという間にお金が無くなるわよ」
相川が補足で説明してくれる。なるほど。そういうものなのか。最近はお金と言うのは黙ってても集まってきてしまうのでその発想は無かった。
「じゃあ。そこらの商会の人間に融資させるというのはどうだ?」
金が無いのなら融資を受ければいいじゃんとばかりに僕が提案してあげると。
「普通はそんな金持ち相手に話なんてできないんだけど…………」
美月が言う。
「なるほど。把握した」
どうやら上杉はここがホームにも関わらずにお金もなければコネも無いらしい。
本来であれば上杉のコネを使って行きたいと思っていた僕だったが、これは大きな誤算である。
「それなら地道にダンジョンをクリアしてSP報酬を貰うといいよ。平松さんや三島さんが攻略する前にやるといいよ」
神界のダンジョンを攻略するとSP報酬があると言ったのを覚えているだろうか?
あれは実は神界だけではなく現界のダンジョンにも当てはまる。
普通のダンジョンであれば初攻略でSP100ぐらい貰える。
もちろんダンジョンの難易度次第なので、神界に匹敵するようなダンジョンを攻略できるのなら一気に逆転すら可能だろう。
「なおっちも付いてきてくれるんすよね?」
上杉が懐疑的な目を向けてくる。
「なにやら疑っているようだけど、僕の答えは決まってるだろ?」
「…………なおっち。やっぱり持つべきものは親友っすよ。俺が神になったらなおっちを第一使徒にしてあげるっす。そして二人でハーレムを築き上げるっすよ」
感激のあまり良くわからない事を口走る上杉に。
「一人で行くといいよ」
この国で他にやるべきことがある僕は冷たくあしらうのだった。
~一方その頃の王都サナアでは~
「うう。トード君の馬鹿。すぐ戻るって言ってたのに」
エレーヌがテーブルに突っ伏し涙を浮かべていた。
「トードーさん。早く会いたい…………です」
一方シンシアもそこまで酷くは無いが落ち込んでいる。
「キリマン聖国でしたっけ。お客様はそんな所に何しに言ったんですかね?」
ステラがお盆で口元を隠しつつ考え込んでいる。キリマン聖国といえば宗教国家であり、様々な教義を掲げる宗教が統治しているのだ。
ハーフに対して風当たりの強い【デミアス教】など。
「そりゃおめぇ。男なら聖女を見に行ったに決まってんだろ。あのボンは女好きだからな」
ステラの父であるシルヴェスタがエレーヌの注文したスープを置きながら答えた。
「トード君が女好き? そんな素振りいっさいないよ。シルヴェスタさん頭大丈夫なの?」
自分達に対してそういう視線すら向けない藤堂だ。エレーヌはその認識の違いに首を傾げる。
「無い…………。です」
シンシアも批判的な目でシルヴェスタをみる。
「あん。気付いてないのか? あいつ毎週のように娼館に通っては女遊びしてるぞ」
シルヴェスタは藤堂の秘密を盛大に暴露する。藤堂も別に話しては居ないのだが、夜中にこそこそと出かけていくのを目撃されていては隠せるわけも無い。
暫くの間二人は無言で居ると。
「へぇ…………そうなんだ」
「…………です」
「シンシアちゃん。私に良い考えがあるんだけど」
「シンシアも…………ある。です」
「こうなったらトード君に真相を確認するべきだと思うんだ。念話だとはぐらかすから直にあってさ」
「それがいい…………。です」
「決まりだね」
エレーヌとシンシアが立ち上がる。そして。
「シルヴェスタさん。私達しばらくキリマン聖国行くからアトリエの管理おねがいね」
旅に出るのだった。
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