花乱〜からん〜 =火竜と呼ばれた少年=

わたなべ りえ

花乱〜からん〜

花乱〜からん〜 1


 今年は不作だ。

 ……だから、田舎から娘が連れてこられ、リューの花街に新顔が増える。


 トビと二人で街を巡回していたセルディは、おもむろに顔をしかめた。

 リューの東門あたりは、この時期、赤っぽい土埃つちぼこりが舞う。特に今年は雨が少なく、石で覆われたこの大都市に、金を求めて入ってくる商人が大量の商品とともに外の埃まで運び込んでしまう。

 しかし、セルディが顔をしかめたのは、けしてほこりのせいではない。

 ちょうど、門を通り抜けてきた古びた馬車が、目の前を通ってゆくところだ。石畳にいたんだ車輪をぎしぎしと鳴らし、ぼろぼろの幌がかかる荷台に、まるで家畜のように、年端としはもいかぬ少女たちをぎゅうぎゅう詰めにして乗せている。

 口減らしよりもましかもしれないが、この少女たちは親に売られ、リューの花街はなまちで体を売るために連れてこられたのだ。

 初めて見る都会の街並みの一点だけを見つめている者、目をつぶっている者、すがる眼差しで目を合わせてくる者……。様々だが、どの少女も目が死んでいる。

 汚れて茶がかった服をまとい、馬車の跳ね上げる埃にまみれたのか、茶色い頬をしていて、中には、おそらく泣いたのだろう、頬に茶色い筋を何本もつけている少女もいた。

「これだから……この街はよくならない。花街など排除すべきだ」

 セルディはつぶやいた。

 トビは、少しもぞもぞとして、そして言いにくそうに言った。

「でもさ……。セルディにはわからないかも知れないけれど、女を抱くのって、リューマの男にはちょっとした安らぎになるんだぜ」

 セルディの瞳に明らかな嫌悪の色が浮かび、トビは少しだけ悔やんだが、現実は現実だ。


 セルディは純血種の性質が強く出ているので、人間やリューマ族ほど性的な欲望は強くはないのだろう。女の色香は、あまり興味がないらしい。

 しかし、リューマ族のような混血種は、年から年中、女を抱きたいと思うものなのだ。誰もが女の色香いろかに惑わされ、胸に湧き上がる衝動を必死で押えている。欲求の吐き出し口は、金を払ってでもほしいのだ。

 その男の心理、リューマ族の心理をわかってもらえなければ、いくらリューマ族長の片腕となっても、セルディはウーレン皇子、もしくはエーデム王子という純血種の王族のレッテルからはかれないだろう。

 セルディにはリューマ族を理解してほしい。そう思えばこその意見だった。もっとも、少し堅物のセルディとも、他の仲間同様、女ネタで盛り上がりたいというほうが、トビの本音ではあったが。

 ちなみに、リューマの少年たちは、トビをはじめタカまでも、すでに花街の洗礼を受けている。心と体が求めるものは、必ずしも一緒ではないことを知っている。

 しかし、セルディ――いや純血種にとって、愛情表現以外の結びつきは二つの理由しかない。子供を作るためと、もう一つは女の種族をおとしめる行為である。

 子供を産む機会が少ない純血種にとって、異種族の子供を宿すことは、純血の子供を産む機会を減らすことにもなる。つまりは、血に対する侮辱ぶじょくにあたる。


「男が女を陵辱りょうじょくする行為は、血を汚すことだ」

「リューマ族は、元々血がけがれきっているんだよ」

 トビの開き直ったような言葉に、セルディは納得がいかないというように首を振った。

「城に帰って、レグラスに進言してみる。何か対処しないと……」

 今度はトビが首を振る。

「レグラスが対処するかなぁ? 白状するけれど、彼、花街の常連だぞ?」


 その一言は、セルディにはかなりショックだったらしい。彼は押し黙り、トビが話しかけても表情一つ変えず、返事すらしなかった。そして城に帰るなり、レグラスがいる執務室に向かった。

 その後、急に天候が悪化し、リュー城の上空で雷が鳴り響いた。


「まさに嵐かも?」

 トビの呟きに、仲間たちは顔を突きあわせた。

 広間の隅で休憩し、お茶を飲みながら、リューマの仲間たちは机を囲んで輪になった。レサだけが本当に天候のことだと思い、あたふたしていた。雷が怖かったのである。

 窓の外に閃光が走ったのを合図に、少年たちは話し出す。

「俺は、レグラスはセルディに押し切られると思うな。花街もおしまいだ。レグラスもセルディには弱いから……」

「でもさ、あのレグラスが女を断つとは思えないよ」

「キャーーー!」

 ちょうど窓の外で雷の音が響き、レサが悲鳴をあげた。

「俺は、レグラスが言いふくめると思うなぁ。だって、この欲求は男の絶対の真理だからなぁ」

「でも、セルディって潔癖だし、正義感強いからさぁ。あの街の存在が、確かにリューの犯罪の温床にもなっているしさぁ」

「自分が好きだからっていって、族長たるものが手付かずにしておくのは、やっぱりやばいよ」

「ごめんなさい。私、話についていけなくなっちゃった。いったい何のお話? セルディ様がどうにかしたの?」

 雷の音が怖くて、耳をふさいでいたレサが質問する。

「いいえ、リューの街に咲く毒の花は、摘むべきか、愛でるべきか? という議論ですよ」

 トビが大マジメに説明し、レサはわかったような顔をした。

 一瞬、窓の外に閃光が走る。

「噂じゃ、セルディってレグラスの愛人じゃないか? ってのもあるんだぜ? アレだけ血相変えて押しかけていかれると、俺も信じちまうところだったぜ」

 この話は、続いておきた轟音にかき消され気味だったが、耳を押えて悲鳴をあげたレサ以外は聞き取って、みんなそれぞれに意見を言った。

「まさか? それが本当だったら、レグラスは絶対に花街通いなんかするわけないだろ?」

「え? レグラス様は、お花が嫌いなんですか?」

 的を射ない質問。レサは目をぱちくりしている。

「中庭にきれいな花を持つ住人は、わざわざ外の花屋で花を買わないっていう話です」

 トビがそれらしく説明したので、レサは何となく納得した。

 また再びの閃光を待って、今度はタカが口を開いた。

「レグラスはさぁ、めげないと思うぜ! セルディに女を教えなきゃって、それはいつも口癖のように言っているくらいだから」

 言葉と同時に爆音が響き、やはり、その言葉はレサには届かなかった。

「そりゃ、『みもの』だぜ!」

 リューマの少年たちが大笑いしたので、レサもつられて少し笑いながら聞いた。

「何が……『みもの』なんですの?」


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