ガールズ・ギタークラフト
杉浦 遊季
ガールズ・ギタークラフト
1章 過去のギタリスト
第1話 私のギターヒーロー
彼女はギタリストだった。
幼い彼女はあどけない指を動かす。でもそこに拙さはない。流れるように奏でられるフレーズは難解複雑なもので、大の大人が練習したとしてもなかなか弾けないだろう。身体に対して大きすぎるエレキギターを巧みに操る彼女は、まさに神童だった。注目されないわけがない。
演奏している曲は、クラシックの名曲をロックアレンジしたもの。カノンロックと称してネットを中心に流行したこのアレンジを、彼女も挑戦している。
たくさんのスポットライトに照らされた姿は、まるで闇夜に浮かぶ満月のように、光を我がものにして己自身を輝かせているかのようだった。
私もその輝きを眺める側。それも彼女のとても近い場所で、表裏一体であるかのように、彼女の光に魅入られていた。食い入るように凝視して、必死で目に焼き付けた。
でも、それも長くは続かなかった。
己の放つ輝きを覆い隠した彼女は、次第に周りの明るさに同化し、融解していく。今や彼女の輝きを認識できる人は誰もいない。
ただし、私という例外を除いては。
表裏一体の裏側の私は、表側の彼女がどんな状態になったとしても離れることはない。いくら周囲に溶け込み気配を消したとしても、私だけが彼女を認識し続けることができる。
彼女はギタリストだった。しかし、私の中では今でもギタリストだ。
そしてあわよくば、再び輝きを取り戻すことを密かに望んでいる。
高校の入学式なんて、大したことは何もない。
真新しい制服に袖を通し、退屈な式典に出席し、割り振られた教室で自己紹介をするだけ。
「――中学校出身の、
出席番号順に自己紹介が始まったけど、担任の先生が「出身校と名前だけじゃなく、特技や好きなことも言うようにしよう」といらないことを言い出したので、私は私に関する余計なことまで話さなくてはいけなかった。先生曰く、「クラスに馴染むためのきっかけ」とのことらしいが、こちらとしては無理して馴染もうとは思わない。毒にも薬にもならない友人関係などなくていい、というのが私の考え方。
咄嗟に嘘をつくほどアドリブがうまいわけでもなく、また言わずに済ませられる空気でもなかったので、私は自分が本当に特技としているものを話し、誰かが何か反応する前に着席。質問など一切受け付けないオーラを醸しだした。
それは功を奏したのか、私の自己紹介に誰も何も質問することなく、後ろの席の子が起立して自己紹介を始めた。
しかし無言の反応はあった。
私の席の位置から斜め前方に座っている子が、こちらを振り返って凝視している。その眼差しは、まるで目の前の餌かおもちゃに興味津々な小型犬のようだった。どんどん自己紹介が済まされている中、その小型犬系の女の子は私から目線を離すことなくキラキラとした眼差しで見つめ続けていた。
そしてついにそのこの番が回ってきた。
「
ずっと見つめていた子は田中陽菜というらしい。本人が言う通り、出身中学校は聞いたことのない名前だった。
私はそのまま、他の人の自己紹介同様聞き流そうとしたけど、しかし田中さんは聞き捨てならないことを言い出した。
「ワタシ、高校生になったらバンドやろうと決めてました! メンバー募集してます! 誰でもウェルカムです!」
田中さんは溌剌とした声で自己紹介を済ませた。その際の「誰でもウェルカムです!」が多くの生徒のツボにはまったのか、教室のいたるところから笑いを巻き起こしていた。高校生活の初日としては非常にいい掴みだったと思う。
ただ私としては、田中さんが人気者の一歩を踏み出した瞬間よりも、彼女の自己紹介の内容の方が重要だった。
――バンドをやろうと決めてました!
その言葉で、私はすべてに得心がいった。
私の自己紹介の直後、こちらを輝かしい視線で見つめていたのは、私がベースを演奏できると発言したから。バンドを組みたいと願っている田中さんにとって、私は是が非でもメンバーに加わってほしいはず。念願のバンド活動の第一歩が同じクラスにいるとなれば、彼女の態度が豹変するのも頷ける。
着席した田中さんはまたしてもこちらを振り返り、そして全員の自己紹介が終わるまで私に期待の眼差しを向け続けていた。途中手を動かしてジェスチャーをしてきたけど、私は理解できないふりをして無視した。どうせ「バンド組もう」という内容だろう。
その後当たり障りなくホームルームは終わり、私は帰る準備をしようとするけど、
「椎名さん! バンドやりませんか!?」
不意に両手を握られ、田中さんは私に向かってそう尋ねてきたのだった。
無駄に元気で声が大きく、鼻息も荒い。まだ座っている私と目線の高さが近いことから、田中さんは高校生にしてはかなり小柄な体躯をしているみたい。まさに小型犬のイメージがピッタリな印象。存在しないはずの尻尾が、せわしなく動いているのが容易に想像できてしまう。ツーサイドアップにされた髪が、どことなく垂れた犬の耳みたい。
「とりあえず、手、放してくれるかな?」
私が冷静に反応すると、田中さんは忠実に従い手を退けた。しかし鼻息の荒さはそのままで、変わらず私に期待している様子だった。
「椎名さん経験者だよね! 一緒にバンドしよう!?」
田中さんは再度勧誘する。まあ、断る理由もないか。察するに田中さんは初心者どころか未経験者のようだけど、できることからさせていこう。
「バンド、組んでもいいよ。軽音楽部は入るんでしょ」
「ウン! そのつもり! でもよかった。椎名さんみたいなクールな美人さんが入ってくれればステージ映えもしそうだね! 椎名さんの活躍に期待しちゃうな」
「まあ容姿はともかく、期待以上のベースプレイを見せてあげるよ」
「キャー! 椎名さんカッコイイ! ワタシ惚れちゃいそう! 王子様って呼んでいい!?」
「それは勘弁して」
私自身あまり騒ぐタイプの人間ではなく、どちらかといえば冷めた感じの大人しい性格だけど、でも王子様キャラをするほど自惚れてはいない。そんな身の程知らずの度胸はない。
「椎名さん! あのね――」
「ああ、苗字じゃなくて名前でいいよ。名前で呼んでくれた方が面倒なことにならなくて済むから」
「そ、そう。じゃあ、朔ちゃんで!」
私は別に可愛い系のキャラではないので、ちゃん付けされることがたまらなくむず痒かった。それならいっそのこと呼び捨てにされた方がマシ。
「……好きにしな」
ただ実際に呼ぶ本人がしっくりきているのなら、別にいいのではないかとも思っている。わざわざ指摘してことを荒立てるよりは、こちらがその呼び名に慣れればいいだけだしね。
「それでね、朔ちゃん。このあと軽音楽部に見学しに行きませんか!」
「まあ、別に――」
私が「別にいいよ」と言おうとした瞬間、
「朔。帰ろう」
教室の扉に佇む女子生徒の言葉が、私の言葉を打ち消した。
「エッ!? 朔ちゃんが二人!?」
田中さんはその生徒の方を振り向き、そして露骨に動揺した。まあわからなくもない。なにせ、私と瓜二つの人物がそこに立っているのだから。
「そ。だから苗字じゃなくて名前で呼ばないと面倒なことになるの。なにせこの学年に椎名の苗字は、少なくとも二人はいるから」
不思議そうな表情を浮かべる田中さんが次の反応をする前に、私は続けた。
「紹介するよ。隣のクラスにいる、私の双子の妹。
私は自分と全く同じ顔貌の女子生徒を見つめながら、そう紹介した。田中さんも私の視線につられて望を見つめている。
「私にとって最高のギタリスト」
私は田中さんに聞かれない程度の音量で呟く。私にとって望は、切っても切れない存在なのだ。
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