放課後校舎裏
時雨ハル
朝霧先輩と海道先輩
五月のうららかな春の日差しを浴びながら、私は深いため息をついた。
「あー、面倒くさい」
口に出して言うとますます面倒くさくなってきた。見かねた彩が口を開く。
「まあまあ。話聞くだけだしいいじゃん」
「そうだけどねー……」
彩が荷物を持ち上げたので、私もカバンを肩に掛ける。
「行こっか、そら」
「うあーい」
気のない返事をして、私たちは歩き出した。
私が通うこの高校は二つの校舎に分かれている。今いるのがホームルーム棟、これから向かうのが特別教室棟だ。三階までのそれぞれの階が通路でつながれている。私たちが目指すのは特別教室棟の二階すみっこにある生徒会室。なぜなら、文化祭の実行委員になってしまったから。初めての文化祭は楽しみだけど、帰宅部ってだけで実行委員だなんて冗談じゃない。私はそんな暇人じゃないぞ!と言いたいところだけど、実際に暇人だからどうしようもない。
「あー、メンドい」
「まあまあ。せっかく生徒会長に会えるんだし」
「え?」
彩のフォローを聞き返すと、逆に不思議そうな顔をされた。
「あれ、そらも知ってるよね? 生徒会長の朝霧先輩」
「あさぎりせんぱい……」
そういえば聞いたこともあるようなないような。
「入学式で挨拶してくれたじゃん。ほら、あのすっごい顔がキレイな人」
入学式……ダメだ、記憶がない。
「寝てたかも」
「えーっ!?」
信じらんない、なんて叫ばれた。私も入学式で寝るのってどうかと思う。でも寝てたんだからしょうがないよね。
「さて、生徒会長見るために頑張っていくよー!」
「あーい」
キレイったってしょせん普通の高校生だしねえ。なんて言葉は怒られそうなのでやめといた。
***
しょせん高校生、なんてあなどってた私がバカでした。
「よし、全員集まったな」
そう言って生徒会長の朝霧先輩は私たちの顔を順に見ていった。机は口の字になっていて、私たちは朝霧先輩から一番遠い角に座っていた。席が決まっているわけじゃないけど、まあ、何となく。
「では文化祭実行委員の第一回会議を始めます」
宣言すると、生徒会の人が手に持っていたプリントを配り始める。どうやら文化祭の企画書らしい。
「まず、知っているとは思いますが一応。俺が生徒会長の朝霧智樹です。文化祭の実行委員長を兼ねています。」
あさぎりともき。やっぱり聞いたことあるようなないような。それにしても綺麗すぎる。まず鼻筋がすーっと通ってる。意外とまつ毛が長い。肌がつやつやすべすべで、私よりも白い。切れ長の眼は冷たい印象を与えるけど、意志の強さも感じ取れる。金色がかった髪は光を浴びて光っている。ついでにメガネも光ってる。この学校でメガネマンコンテストとかやったら絶対に彼が優勝するんじゃないだろうか。そんなコンテストないだろうけど。
「書類は手元に渡りましたね? では説明を始めます」
低めの声が耳に心地よい。うっかり眠気を誘われて、私は閉じかけた瞼を必死でこじ開けた。でもまた眠気が襲ってくる。うとうとしていると、彩が私を肘でつついた。
「ちょっとそら、しっかりしてよ」
「うん……」
首を縦に振るけど、やっぱり眠い。
「ごめん彩……寝る」
「ちょ、ちょっとそら?」
彩の言葉も聞かず、私は眠りの世界へと落ちていった。
「では、来週金曜の六時には絶対に持ってくること。時間を過ぎた団体には出店を許可しないからそのつもりで」
「えっ?」
一瞬のうちに会議が終わって、一瞬のうちに会長の背後にあるホワイトボードには図やら文字やらが書かれていた。いや、私が寝てただけか。
「そら、終わったよ」
紙とシャーペンを持っているところからすると、彩はちゃんとメモを取りながら聞いてたみたいだ。ありがたいやら申し訳ないやら。
「さ、そら。帰ろ」
「うん」
眠い目をこすりながら席を立つ。朝霧先輩が一年一組に片づけを頼む声を聞きながら生徒会室の扉を開ける。今回が一年一組ならきっと次回は一年二組、つまり私たちが片付けをするわけだ。今から言っても仕方ないけど、面倒だなあ。
「彩、今日の会議で何話したのか教えてー」
「はいはい」
そんな話をしながら、私たちは生徒会室を後にするはずだったのだけれど。廊下に一歩踏み出した瞬間、生徒会室の中で歓声が上がる。何事かと振り向くと、女子が窓際に集まっていた。
「え、何?」
ここから見えるのはグラウンドと駅くらい。まさか電車に歓声を上げるわけないし、グラウンドに歓声を上げるわけもないし。彩に顔を向けると、彼女も首をかしげていた。
「サッカー部とかかな?」
彩がそう言って、私たちは窓に近寄り背伸びをして覗き込んだ。確かにサッカー部が練習してるみたいだ。
「あ、海道先輩だ」
彩が声をあげる。
「……海道?」
私が聞き返すと、彩は嬉しそうに頷いた。
「うん、海道直斗先輩。サッカー部のキャプテンで、朝霧先輩とはまた違ったかっこよさが人気なんだって」
嬉しそうに説明してくれる彩には悪いけど、それどころじゃなかった。妙に聞き覚えのある名前だと思ったら――。
私は、あいつに助けられたことがある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます