第三章 5 人はそれぞれ正しいと思うものを信じて戦う

「『謳う嘆きの騎士物語ユートピア・C・ディストピア』」


 彼の声と共に、舞台の幕は上がった。


「その黄金の騎士は……幾度も侵略者から国を守った。その度、国は救われ、栄えていった」


 どこからともなく声が響く。


「これは、そんな英雄の――嘆きの英雄憚と言う名のである」


 舞台は移る。城壁の前には、見るも悍ましい本物の魔物達。


「大地より這い出るワーム。天を覆うほどのドラゴン。美しい姿に化け、生き血を啜る醜悪な魔女。何度でも蘇るグール。それこそありとあらゆる怪物達が、幾度もこの国を破滅させんと攻めてきた」


 闇の世界。暗黒の時代。絶望と恐怖の坩堝るつぼ


 そこに、光が差し込む。


「だが、我らが光、黄金騎士が幾度も国を――世界を救済した」


 その光が、魔物を討ち滅ぼしていく。ワームは切り裂かれ、ドラゴンは打ち落とされ、魔女は消え去り、グールは土と風へと帰る。


「数多の終末戦争。その果てに無敗――黄金騎士と彼と共に歩む騎士達。それはまさに、人類の希望と勝利の具現だった」


 と武器を使いこなす常勝の騎士。

 その力強さと優しさ――何物にも脅かされず、奪われない絶対の安心感が体を包む。



「だが――



 思わず、小さく声がでた。温かな光が奪われ、今度は心に冷たい風が抜ける。


「始まりは些細なことだった。王を崇めるはずのその国民が、その始まりだった」

 突如として街に火の手が上がる。空が黒い煙で包まれる。


「度重なる侵略に耐える中――『真の平和』を叫んだ者がいた。それは幼く、小さな声だった。だが、……『それ』が始まりだった」


 騎士を讃える中、一人の国民……小さな女の子が立ち上がる。勝利と繁栄に指す、僅かな影。


 彼女が、平和を望む詩を歌う。


 それは、守ったはずの民からの声。


「その声は小さな息吹だったが、純粋なものだった。息吹は、そよ風となり、小さな竜巻のように強くなり、他の竜巻を飲み込み、嵐となった」


 一人が二人に、三人に……そしていつしか何百人もの国民が、騎士達に武器を向けた。


「平和の歌は、いつしか、王を、騎士を糾弾するものへ変わった」


 何人もの騎士が、何人もの民の手によって、闇討ちされる。


 騎士も怪物に向けていた剣を、民に向ける。


 それを諫める黄金の騎士。だが、止まらない仲間。


 憎しみが憎しみを呼ぶ。積み上がる死体。そこから疫病も発生し、多くの人が侵される。


 繁栄の国に死が溢れ、栄華は完全に失われた。


「最後には、我が王と私だけが残った……」


 国は、王と黄金騎士を残して――完全に滅んだ。


 残されたのはたった二人。


 騎士と王が愛した者は、皆死んでしまった。


「我が騎士よ……私もまた……愛した民達と共に、この国で眠りたい」


 王は騎士に願った。

 黄金騎士が、その剣を抜く。


「そして……私は愛する王を殺し……」


 押し寄せる悲しみ。王を貫く、肉の感触。



 ついに、たった一人になった騎士。



「――最後に私も死を選んだ」


 そして、その剣は最後に自身を終わらせた。


 嘆き。後悔。最強の騎士が守る国の滅び。


 あぁ……そんな滅びがあったなんて……こんな悲しみがあったなんて……。

 知らない。ボクはこんな悲しみを、絶望を、味わったことがない。


 悲しみで……このまま潰れてしまいそうだ!



 ボクらは、自分たちの世界に戻ってきた。


「わかったか! この地獄が! 私は転生して女神に誓った! 我が「騎士の道」に懸け! 今度こそ私は王を守る! 国を守る! 民を守る!」


 ボクはあまりの悲しみで、立っていられず、その場に崩れた。

 まだ深い嘆きが、痛みが、後悔がこの心に残っている。


 そうか。それが、彼がシュヴァリエになった理由。


 彼はこの国が同じ道を辿らぬように、再びこの国の騎士となることを選んだ。


「……それがワシらと何の関係がある! ワシらはこんな滅びなんて企んではおらん!ただ――」

 龍之介はローランに反論する。


 違うよ龍之介……お前も見ただろ……。

 ローランの国を滅ぼした……平和を歌った最初の女の子は、ボク達と同じだ。


 ボク達と同じく、自分たちの幸せを願った、幼い人間だったんだ!


「神楽木 龍之介。貴様は危険だ。貴様のように勝ち続け、手にし続けるものは、平和を歌ったあの幼き詩人のように、人の心を引き寄せる。それは、いずれ大きな力となる」

 ローランは龍之介を指さす。


「あの詩のように共感し、自分もああなりたいと思わせ、狂わせる! 私は平和を乱す火種は一つたりとも見逃さない!」


 それは、龍之介の持つ魅力だっった。龍之介のように――どんな窮地に立たされても、不敵に笑い、そして勝つ姿に、ボクもまた惹かれていた。そうありたいと思っていた。


 だが、それこそが、滅びの始まりだとローランは告げている。それは、物語を見たボクにも、はっきりとわかる。


「幸せを望む心はいつか無自覚な悪となる! 他人を陥れてでも、手にするんだと欲を生む! 自分の不幸を誰かのせいにする! そして連鎖する!」


 ボクは降りかかる不幸を恨み続けていた。父さんと母さんが事故で死んだときも、婆ちゃんが死んだときも、姉さんが離れて行ってしまった時も、ボクは世界を嘆き、憎いと思った。


「人はいい加減に自らを律し『叡智』に達しなければならないのだ!」


 だが、それこそが浅ましく、恐ろしいことだったんだ。


 そんなボクの心が……いつかこの国を……あの地獄を生んでしまうなら――

 ボクの望みなんて、なくなってしまったほうがいい! ボクらこそが『悪』なんだ!


「幸せを求めて、なにが悪いんじゃ!」

 龍之介は怒鳴った。その怒号が、沈んでいくボクの意識を揺り動かした。


「幸せを夢見てなにが悪いんじゃ! 誰かが誰かと一緒にいたい……楽しく暮らしたいと思う気持ちにの――どこが『悪』なんじゃ!」


 龍之介の語気が荒くなる。振るわせる拳に自分の爪を食い込ませ、自らの血を滴らせる。


「そんなものを――幸せを願うから……いつまでも争いは絶えないのだ。私が歩む騎士道……それは幸福ではなく崇高を目指す。己を律し、己を磨き、他がために殉教する」


 ローランの言うように、もしも、誰もがそんな人間であったなら――


「そうすれば、人はどこまでも優しくなれる。他人を慈しみ、他人の痛みを知り、あらゆる不幸を受け入れれば……人はそこでようやく――『叡智』へと達するのだ!」


 人間は本当の意味で、この星の守護者になれるのかもしれない。


「悪の芽はここで摘む。理想の国の実現のために――貴様たちはここで死ね」


 よくわかった。ボクらは彼の美しい理想の世界の反逆者。


 特にボクは、シュヴァリエの力を使って、幸せになりたいと願った張本人。

 ボクはローランの言うように、罪人だ。


 自分の運命を認めず、龍之介の力を使って幸せになろうとした。運命から逃げ出した。


 そんなボクは、卑怯で、泣き虫で――だ。


「――ワシはどうしても、お前の考えは理解できん」


 ボクは折れてしまった。


 だけど、それでも、龍之介は首を振った。


「そうだな……お前の様な、己だけのために生きる無法者は――この国には必要ない」


 ローランもまた剣を構える。


「「お前はここでぶっ倒す!」」


 二人は己の信念ねがいを賭けて――ここで殺し合う。

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