第三章 3 九の段のボスラッシュ感は異常

 虎二さん達のおかげで、王城まではあっという間に辿りつくことができた。


 抗議運動を起こしたとサーシェスさんは言っていたが、なぜか城の門は開いたまま……しかも見張っている人もいなければ、ボクらを止めようとする人も誰も現れない。


「なんじゃ……思ったより城の警備が厳しくないのう」

 静まりかえった城内。


「抗議する人が思ったより多くて、みんな駆り出された……のかな?」

 だけど、それにしても人がいない。それがかえって不気味。まるで無人の城だ。


「わからんが、ワシらの好都合には違いない……行くぞ、ヘタ」

 そうだ。今はいろいろと考えても仕方がない。何よりも、まずは姉さんを助け出すことだけを考えなくては。


 城を駆け回り、姉さんの居場所を一部屋一部屋確かめる。


 が、さすがはこの国で一番偉い人が住む場所だ。部屋が多過ぎで、とても隅々まで見て回れない。


「クソ……ニーナがどこにいるか全然わからんぞ」

 それでも、こうやって一つ一つ探していくしかない。


 次の扉を小さく開け、なかを覗うと、これまでとは違う雰囲気の部屋……いや空間を見つけた。


「――龍之介……こっち」

 大きな扉を開くと、そこには背を向けた玉座と大きな広間がある。


 聞いたことがある。たぶんここは「謁見の間」と呼ばれる、唯一国民が王に会い、話ができる場だ。


 そんな場所に、こんなボクが立つ機会があるなんて想像したこともなかったけど――


「――よくぞ来た」

 ボクらが広間の中央に立つと、どこからともなく低く唸ったような声が広間に響いた。


 ボクらは立ち止まり、身構える。

 すると玉座が音を立てて回転し――その声の主が姿を現した。


「――こいつが……この国の王……」

 玉座の後ろの窓から光が差し込む。逆光となり、声の――王の姿がはっきりとは見えない。


 大柄で見たこともないような厚みのある高貴なマント。この声だけでも威厳と品格を感じる。


 そして、低いくぐもった声で、王は更にボク達に問いかける。


「いかにも……私がこのバ―リアンド国を治める第二十五代王。バ―リアンド・ボンボン・ぎゅすてんぶりゅぐでありゅ!」



「「…………え?」」



 ボクと龍之介はあまりのことに唖然とする。



 あれ……? なんか……今……



「――おい、今あの王様……噛まなかったか……?」


 いやいやいや! まさか! そんなはずないよ!

 だってこの国の王様だよ!? ボ、ボクらの聞き間違えだよ!?


「いや、でも、呂律回ってなくて、なんかぐずぐずじゃったぞ」


 馬鹿なことを言うのは止めろぉ! そんなわけないだろ!


「そうじゃのう……よし……」

 と龍之介は喉を鳴らし――


「――こいつが……この国の王……」


 いや、やり直さなくていいから! それ、もうかなり失礼だから!


「うおっほん。いかにも――わたしゅがこのばーりゃんど国をおちゃめ、えっと……にじゅうごじゃい王――」


「いや、お前もやり直すならしっかりしろよ! さっきよりひどくなってんじゃねーか!」


 しまった! ついツッコミが! 王様に対してなんて失礼な言葉をつかってしまったんだ、あぁ……ボクのバカバカバカ!


「うぅ~~! なんじゃっ! お前達! さっきから不敬じゃぞ! アタチはこの国の王様じゃぞ!」


 すると先ほどのくぐもった低い声ではなく――幼い声が広間に響き渡った。


「なぁ……なんかワシのイメージとなんか違う感じなんじゃが……」


「……そうだね。王様って言うくらいだからもっと厳めしい感じを想像してたんだけど……」


 ボクらは肩すかしを食らい、落胆する。するとそんなボクらの言葉と態度を見て、


「むっううう! 不敬じゃ! そなたらをここて手打ちにしてくりゃ……ふひゃあっ!」


 目が慣れたのか、それとも王の背後の光が弱まり、収まったのか、だんだんと王の姿がはっきりとしてきた。


 大柄な男かと思ったが、王は大柄ではなくただ、玉座の上に手を広げ立っていただけだった。羽織った分厚いマントは――よく見るとブカブカで袖から手も出せていない。


 そして、怒って玉座の上でぴょんぴょんと跳ねるので、当然足を踏み外し、思いっきり顔から地面に顔をぶつけ、ボクらの場所まで転げ落ちてきた。


「うぅ……はなぶちゅけた……」


「王様すっげぇ子供なんですけどぉぉぉぉぉぉ!」

 そこには、ただの金髪のかわいらしい子供がいた。


「あ……やっべ、ばれちった! グラブルじじいにばれたら怒られる!」


 バレたってなに!? ホントにこの国の王様ってこんな子供だったの!? 全然知らなかったんだけど!?


 ローランの話は虎二さんから聞いていたけど、そんなすごいシュヴァリエを召喚したのが、こんな小さな……ボクより年下の子供だったなんて!


「いかにも! アタチはこの国の王様なのじゃあ! これでも今年で五つになるんじゃぞ!」


 いや、五歳ってボクの二つも下じゃん! それが王様なんてっ!


「むぅ! おぬち、アタチをばかにしておるなっ! アタチはばかではないんじゃぞ! 昨日、ついに『九九』を憶えたんじゃぞ! どうじゃ! すごいじゃろ!」


 え……『九九』てあのかけ算の? そ、それはすごい! ボクも最近やっと全部言えるようになったのに――


「あぁ……でものう……あ、あのにっくき七の段が難しいんじゃよなぁ。あそこはまだアタチでもふにゃふにゃしておる。えっと、しちいちがしち、しちにが……しちにが――」


「いや十四でしょ! そんな序盤から躓いてんの!?」


 全然覚えてないじゃん!? 確かに七の段は難しいけど!


「おう! お主なかなかやるのう。じゃがこの七の段の一番難しいのはな……しちはじゃ! これは難しいぞ! すっごく難しいんじゃぞ!」


 胸を張り、王様はボクを見下そうとするが、どうしても身長はボクより小さいので、上目遣いになる。


「いや……それくらいなら――」

 ボクが応えようとすると、横から龍之介が


「ワシはわかったぞ! しちは六十九じゃ!」


 代わりに応えた。全然違う答えを。


「いや全然ちがうけど! お前大人だよね! ボクより何歳年上なんだよ!」


 そんなんでもシュヴァリエになれんの!?


「バカめ! それはしちくじゃ! しちはは……えっと……たしか……四十七?」


「五十六だよ! って全然わかってねーじゃねぇかぁぁぁぁ!」


「「こいつ! 天才かっ!」」


 なんでこの二人息ぴったりなんだよ! どこで意気投合してんだっ!


「じゃあ九の段はどうじゃ!? あれは他の段のボスラッシュじゃからな! かなりの強敵じゃぞ!」


 ボスラッシュってなんだよ……聞いたことないよ。それに……


「いや、九の段は簡単だよ。えっと……十の桁と一の桁を一つずつ逆に動かせば――」


 そう。九の団は簡単な覚え方がある。ボクはこの覚え方を姉さんに教えて貰ったから、九の段は三番目に覚えることができた。


「おい、こやつ何を言ってるんじゃ……ぷっぷーむじゅかしいことばを並べおって!かわゆいのう! おぬち、負けず嫌いの子なんじゃのう。ういやつじゃのう!」


 負けず嫌いでかわいらしいのは王様のほうでしょ!!


「ぷっぷー。そうなんじゃよ王様。こうやってすぐ小難しいことをヘタは言うんじゃ」


 龍之介まで! なんかすごいムカつくし! なんかもうお前ら仲良しだな!


「じゃあ簡単な覚え方教えてやるよ! こうして両方の手で一つずつ指を折っていくんだ。右手が十の段、左手が、一の段。一つずつ交互に指を折っていけば――」


とこのままずっと馬鹿にされ続けるのも嫌なので、二人にもう一つの九の段の覚え方を教えてやる。


 説明を終え、二人にもやってもらう。すると――


「――ほらっ! 簡単だろ?」


 あっというまに、二人はボスラッシュ九の段を覚えた。


「しゅ! しゅごいぞ! 確かにその通りじゃ!」


「うぉぉぉぉぉぉ! この年齢にして! ついに俺は九の段をマスターしたぞぉぉぉぉぉぉぉ! 転生して良かったぁぁぁぁぁぁ」


 王様は興奮し、龍之介は歓喜に両腕を突き上げ吠える。


――ってボクは何をしているんだ!?


「くそうっ! こんなやり方、グラブルのクソジジイは全然教えてくれなかったぞぃ!あの白髪ジジイめ~!」


 いや、ほんとこれ何の時間!? ボク達は姉さんを探しに来たのに、なんでボクは王様に九九教えてんの!?


「おぬちやるのう……たいぎであるっ! よしっ! 特別におぬちをアタチの家来にしてやろう。嬉しいじゃろ?」

と、王様がボクの方を叩いた。


「いや、ボク達この国の反逆者ってやつなんですけど――」


「は、はんぎゃくしゃ……? はて? そこはまだ習ってない言葉じゃ……」


 やべーよ。この王様全然わかってなかったよ。反逆者目の前にしても、全然動揺しないよ……。こういう全然物怖じしないところは王様っぽいよ。


 でも、王様に気に入られたのはいいことなのかもしれない。


 この王様ならちゃんと話せば、もしかしたら姉さんを――


「そこに、いたか……」

 突然背後から声がする。聞き覚えの――いや忘れることのないあの声――


 瞬間、ボクは龍之介に突き飛ばされ、ギリギリでその男の剣を交わすことができた。


「我が一撃を避けるとは――」


 一瞬の剣撃。いや、その輝きはまさに閃光。差し込む僅かな光に照らされても、燦然と輝く騎士――アスタロイト・ローランがボクらの前に現れた。


「おぉ! ローラン!」

 王様はローランの姿にぴょんぴょんと跳ねた。


「我が王よ。そこの二人は危険人物でございます。いますぐこちらへ……」

 アスタロイト・ローランは王に近くに寄るように手招きする。


「おいローラン! 聞けっ! アタチはついに九の段を完全攻略したぞぉ! わっはっはっはっは」


 いや、この緊張感のなかで王様、全然驚いてないんだけどぉ! マジで、この剛胆なところは王様っぽいっ!


「――おい! ニーナはどこじゃ! ワシらはニーナを取り戻しに来たんじゃ!」

 龍之介はローランを睨みながら、その拳を固める。


 三大寺と相対したときのような凄みをボクも感じたが、ローランは全くそれに動じず――


「反逆者の貴様らに、それを教えると思うか?」

と振り下ろした剣を再び構えた。


 明らかな敵意。先刻ボクらを怯えさせた圧倒的存在感が再びボクを支配した。

 体が震える。向けられる敵意が恐ろしくて、息苦しい。


「なぜ、お前さんはワシらを目の敵にするんじゃ!」

 だが、龍之介は、ボクのように動けなくなってはいなかった。


「ワシらは別にこの国に反逆するつもりなんかなか! ワシらは、ただ平和に暮らしたいだけじゃ!」


 そうだ。ボク達はそもそも反逆なんて、一度も考えてはいない。ただ、ボクらも王都で、本当にただ平和に――


「貴様らのそういう思想が、国の崩壊の始まりなのだ」

 ボクの願いをローランは立った一言で断ち切った。


「私はよく知っている。愛する国が、侵略され滅亡するのではなく……内側から崩壊するという、その儚さを――」


 侵略ではなく、内側から壊れる?――なにを言っているんだ?


「わからないだろう。だから、貴様達にも見せてやろう。私の絶望を……」


 煌めくその瞳がボクらを――


「『謳う嘆きの騎士物語ユートピア・C・ディストピア』」


 深く長い彼の物語へと導いた。

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