第二章 カヴァリナ皇国編

第1話「カヴァリナ皇国への道中1」

アスカロ王国城下の街から東に、橋を渡った先にあるカヴァリナ皇国へと向けて出発し始めて数日が経過していた。颯天達はカヴァリナ皇国へ渡る為にアスカロ王国とカヴァリナ皇国を繋ぐ国境、リヴィエールと言う名の上に築かれた橋、アスカロ王国側の川沿いに作られた街「フィルメント」を目指しており、それもあと半日もすれば街に着くだろうと予想していたのだった。


「のどかだな‥…」


「うん」


「太陽が氣持ちいいですね…」


そんなのどかな空氣と共に馬に揺られながらの颯天の独り言に近くに居た伏見とニアの二人が返事を返してくれたが、周りは若草に覆われ、時折吹く風は春を思わせる温かい、眠氣を催させるほどの本当にのどかだった。


「ああ、そうだな。何も無ければ昼寝にもってこいの日よりだな‥‥うん?」


二人にそう返しながら颯天は何氣なくいつもの癖で【霊眼】で辺りを見渡すと、少し離れた背丈の高い草むらに隠れている何やら怪しげな一団が隠れているのが目に入った。装備などはまちまちで、中には胸当てや剣すら持たずに斧を持っているだけの者までいたが、その中で腕に巻いてある布は緑で統一されていた事からただの人間ではない事は間違いが無かった。


(なるほど、山賊、いや盗賊か)


丁度、奴らが隠れている場所はこれから颯天達も通る道すがらにあり、恐らく彼方は既にこちらを見つけて姿を隠しているのだろう。草が密集しさらにその高さが凡そ一メートルほどあるので屈みさえすれば姿を隠す事と相手の不意を打つのに最適の隠れ場所ではあった。


(という事は、挟み撃ちにでもするつもりか?)


颯天はそこから少し離れた場所で、こちらは木々に身を隠している男たちに氣が付いた。恐らく盗賊の仲間であるのだろう、同じく腕に緑の布を巻き付けていた。それはこの上なく草むらの中で息を殺しているであろう盗賊の仲間であるという事を示していた。恐らく、この街道を通る旅人や行商人を襲っているのだろう。だが別に颯天としては襲ってくれば返り討ちにすればいいと思っているのだが、その中に幾人かが二人、伏見とニアに対して下卑た笑みを浮かべているのが見えた。


「やれやれ‥…」


思わず颯天はそう独り言ちる。颯天からすればあのような稼業の者であれば相手の力量を見抜く事が重要で、もしそれを怠り、出来なければ死ぬことが多いはずなのだが、どうやらあの盗賊達の中にそれ程の観察眼を持つ者はいないようだった。


「颯天、どうかした?」


「ああ、ちょっとばかり面倒な客が居るようだ」


「面倒な客‥‥ですか?」


猫故か、耳が良い伏見は思わず颯天が独り言ちた声が聞こえたのか、尋ねてきた伏見に、そしてその会話が聞こえたのか尋ねてきたニアに颯天は氣取られない様にごく普通に話をするように、盗賊達が草むらで、少し離れた木に身を隠し、挟み込もうと待ち構えている事を話すと伏見は眼を閉じ、その時猫耳が何かを探る様に何度か動いた。猫の耳は音などを探るうえでの重要な器官だ。恐らく仙術で辺りを見ているのかもしれなかった。そしてそれは当たっていた。


「草むらに十人、少し離れた所の木の影に八人隠れてる」


「思っていた以上に大人数だな」


目を開けた伏見は隠れている人数を正確に言って来た。颯天が見た感じでは大雑把な人数だったのでより正確な人数が分かるというのはかなり助かった。


「ハヤテさんも凄いですけど、伏見さんも凄いですね。そんな簡単に見つける事が出来るなんて」


「これでも力の扱いに関しては大分鍛錬したから」


ニアに褒められてか、伏見は何処か自慢げに、いや嬉しそうに頬を緩めた。そこには街を出る前に互いに笑っていない笑みを浮かべながら握手をしていた二人にはとても見えなかった。


(どうやら、仲は悪い訳じゃなさそうだな)


そう思いながらも盗賊達が待ち構えている草むらへと近づいて行き、その距離があと一.二メートル程までの距離が迫ると同時に颯天は戦いの準備に取り掛かっていた。と言っても静かに僅かずつ放出した魔力を盗賊達が隠れている場所へと流し、空氣に干渉するだけだが。


「な、なんだ、どうしたんだ!?」


「おい、起きろ!」


そうこうしていると、草むらの中から何処か男達の慌てた声が聞こえてきた。しかしそれを颯天達は聞こえないふりをして進んでいく。しかしそれでも颯天が何をしたのかが氣になった二人がいた。


「「‥‥‥颯天ハヤテ(さん)、何をしたの?」


「何、俺の職業である錬金術師の力である錬金術であのあたりの空氣の原子を弄っただけだ」


まるで姉妹の様に声を揃えて尋ねてきた二人に颯天はそう軽く返した。颯天がしたのは、魔力を盗賊達が隠れている辺りにまで放出、そして魔力があるという事はそこは颯天の錬金術の干渉できる領域であり、その空間だけの空氣の配置、原子を弄っただけに過ぎなかった。厳密に言えばその辺りの一部だけ氣圧を下げ、酸素と結合している窒素やネオン、アルゴンを分解、結果その場に残るのは単体では毒となる高濃度の酸素のみ。

そして高濃度の酸素を体内に取り入れ引き起こされるは酸素中毒と呼ばれる現象。そもそも、人体にとって酸素は不可欠な氣体だが、活性化した酸素は、量が多すぎると毒性を発揮する。大氣中なら人体には活性化された酸素をじゅうぶんに処理できる能力が備わっているが、酸素の分圧が上がる可能性のある水中では、酸素による中毒症状が現れることがある。そして颯天はそれの状態を錬金術で再現したのだった。元々の知識はアニメと言うかラノベのある小説からの知識だったが、それらを元に再現したのが盗賊達を襲ったのだった。

恐らく倒れているのは酸素中毒に陥り意識を失ったのだろう。それでもすぐに解いたので人体に悪影響や後遺症を残す程では無かった。

因みに、颯天と同じようにこのようなことを知っていて同じ錬金術師であっても、こうも容易く出来るモノでは無い。普通であれば魔力で干渉した物を読み取り、そのうえでどれを操作するか等を考え、慎重に組み替えたりするのだが、颯天はそれを片手間で成し遂げてしまったのだった。天才と言われる錬金術師であっても少なからず時間がかかってしまう事を、なんとなしに、片手間でやってのけていたのだった。


「‥‥‥ハヤテさんは相変わらずですね」


「颯天は規格外」


「二人揃って、その言い草はないだろ」


ニアと伏見、二人のに理解に差はあるが、それでも颯天がサラリとした事が凄い事であると揃って理解しているのは分かったが、颯天の表情に微かに苦笑をが混じるのは仕方がない事であった。


「だが、彼方さんは諦めるつもりはなさそうだ」


颯天がそう言うとほぼ同じタイミングで、木々から隠れていた八人ほどの男達が姿を現し道を塞いでしまった。装備はバラバラだが、その腕には緑に染色された布が巻き付けていた。

そして後ろからは近づいて来る足音、恐らく氣絶したままの仲間は一旦置いておいて、取り敢えずは計画通りにするという事なのだろう。


「へへへ、殺されたくなければその女と荷物を置いて行ってもらおうか」


リーダーと思しき男が口を開き要求してきたのは、ある意味で予想通りで、ある意味では定番の言葉だった。


「それを言うという事は、返り討ちに会う事も想定しているという事だな?」


「ああ?何を言っていやがる?てめぇはさっさとその荷物と女共をさしだせ、そうすれば命だけは助けてやらなくはないぜ?」


颯天からの質問に盗賊のリーダーは訝し氣にしながらも要求を曲げず、それを聞いて周りの部下共は笑みを浮かべる者、伏見とニアに対して不躾いな視線を向けている者までいた。そんなある意味で欲望に正直な連中に対して颯天は思わず溜息を吐きたくなったが何とか堪え、二人に尋ねる。


「さて、取り敢えず彼方さんはああ言っているが、どうする?」


「倒す」


「氣持ち悪いです…」


何やら伏見は思わず止めるのを躊躇ってしまうほどの気迫で盗賊達からの視線が氣に食わなかったのか倒す氣が満々だった。一方のニアはこの中で戦いを知らないただの少女であった故に慣れない、そして隠そうともしない欲望の混じった視線に対して本当に嫌悪感を抱いているのか、その表情は曇っていた。


「よし、なら伏見、腕試しがてら相手をしたらいいんじゃないか?」


「いいの?」


「ああ、後ろは氣にせずに、暴れてこい」


颯天からの提案に伏見はてっきり颯天が相手をするとばかりに思っていたのか、少しばかり驚いた表情を浮かべたが、颯天が頷くのを見ると伏見は馬を下り、前方の盗賊達の、リーダーの居る方へと歩いて行き、数メートル程の距離で足を止めた。


「颯天から了解を得れた。だから、不愉快な貴方達を潰す」


「おいおい、たかが獣人の猫人族が何を―――――――」


そう盗賊達の内の一人が何かを言いかけたが、それはすぐに遮られる事になった。伏見の体から、得も知れない重圧のようなモノは溢れ出したからだった。そしてそれが何かが、颯天には見えていた。


「なるほど、大氣の氣を取り込み、それを体内の氣と合わせる事で増幅し、放出しているのか」


「凄い‥‥」


颯天は伏見が行っている事を理解し、ニアはよく分からなかったがそれでも感嘆の表情を浮かべていた。

今更だが、そもそも氣と言うのは生命力を根源としているが、それだけに限らずそれ以外に大気にも氣は存在している。氣は全ての生き物に宿る物だ。そして大きさで言えば個人の生命力と比べると雲泥の差がある。そして今の伏見はその大氣に揺蕩う氣をその身に取り込んでいる。その強化の度合いは個人の時と比べて倍から数倍に値するだろう。だがもちろん限界も肉体への負担も共に存在する。が伏見は自分の力を見誤る事は無いだろうと颯天は感じていた。


「貴女達は、女の気持ちを理解していない。それに、ニアを悲しませた。だから鉄拳を下す」


「お、おい。猫人族ってあんな力を持っていたか!?」


「俺が知るかよ!?」


「落ち着け、どうせ何らかのまやかしだろう。猫人族は戦いに向かない種族だ。脅しの為に何かを作り出していてもおかしくはない」


一方、伏見を猫人族と勘違いしていたのか、当てられる力に盗賊の男達は焦りの表情を浮かべていたが、リーダーは焦る事無く仲間にそう言い聞かせ、それを聞いた仲間も徐々にだが落ち着きを取り戻し、その内の一人が前に出て、伏見と距離を詰めてきた。


「猫人族のくせに、脅しやがって、その代償は、その体で支払ってもらうぜ?」


先程のリーダーのいう事を本当に信じたのかそう言いながら更に伏見へ距離を詰めて、他の仲間達もそれを囃し立ててる。そしてそれを見て颯天はもはや溜息しか出なかった。


「馬鹿が」


そして、颯天がそう言うと同時に、伏見の姿が掻き消えた。いや消えたのではなく、そう感じさせるほどの速さで男へと接近し、


「へ―――――――――――――ガハッ!」


反応すら出来ていなかった男をその勢いのまま服を掴み、背負い投げの要領で地面へと叩きつける。と同時に、辺りに眼に見えない衝撃が走り、投げられた男の声が妙に辺りへと木霊し、あれほど騒ぎ、囃し立てていた男も沈黙した。何より、人一倍リーダーが受けた衝撃は大きかったようで、その表情は眼が飛び出さんばかりに驚愕に彩られていた。


「ば、馬鹿な‥‥猫人族にあんな力があるはずは‥‥」


そんな中、伏見の靴が地面をこする音が、盗賊達に嫌なほどに大きく聞こえた。そして、彼らはようやく理解した。アレは手を出してはいけない類の存在だという事を。


「まずは、一人」


「ま、待ッ――――――――」


盗賊達の内の一人が何かを言おうとしたが、伏見にとってはそれは関係が無く、そのまま二人目へと距離を詰めると、今度は地面にではなく、近くにあった木へと目掛けて放り投げ、男は自動車もかくやと言う速さで僅かに放物線を描き、木へと激突し、辺りは完全な沈黙が下りた。


「全員、潰す」


そんな中、何処か猛々しい氣を纏った伏見の小さな呟きが、辺りに響いた。そしてリーダーを含む盗賊はそう時間がかかる事は無く、同じように後方の盗賊達も伏見によって殲滅させられたのだった。

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