第21話 「準備と計画は確実に」

地球、いや、日本で言う丑三つ時の刻、と呼ばれる魔が最も活動しだす時刻。「王の間」にて【魔王】であるステラ・ルシファーは玉座に腰を据え、その下には信頼を寄せる六人の将。【六魔将】と呼ばれる膝を付き魔王へと頭を下げていた。


「さて、皆も聞いておろうが、ガイウスの処断に関しては言うまでもないが、問題がある。それは奴を忍び込ませ探らせ、破壊を命じていた碑石の破壊が出来ていない事だ」


魔王の口から語られた内容に六魔将たちはそれぞれ反応を示した。その中で自分達が呼ばれた意味をある程度予想していたのかクルークは沈黙を保っていた。そもそも六魔将とは、七十二の魔族の名家の中から更に武功、または国に大きく貢献をした名家に与えられる称号が六魔将であった。


「では、我らが家の一人がアスカロ王国に攻め込むという訳ですか?」


【魔王】の言葉を受けて何処か凶暴な笑みを浮かべながら最初に言葉を発したのは【魔王】から正面に当たる筋肉隆々の大男で、身に纏っている貴族服も肉体の筋肉によって今にもはちきれてしまうのでは無いと思わせる程であった。【暴腕壊全】の二つ名で呼ばれるゼクスト・グシャラス。それがその男の名前であり、六魔将の中で最も凶暴な男で戦闘狂であり、ゼクストの戦闘の後には何も残らないと言われている程であった。


「相変わらず脳筋ですね。陛下がおっしゃりたいのはアスカロ王国は当面の間警戒を強めるであろうから他国を責めようとおっしゃられているのですよ。」


グシャラスを窘めるように言葉を発したのは理知的な眼鏡と何処か研究者のような雰囲気を纏った、同じく貴族服を纏う線の細い男で、六魔将の一人、二つ名を【全求究者】ルイヒルト・ストラスだった。


「ほお、ルイヒルト、てめぇ俺に殺されてえのか?」


「別に構いませんよ。私としてもちょうど最近開発した魔法の実験相手が欲しかったのでね」


売り言葉に買い言葉、ゼクストの言葉にルイヒルトは挑発的な言葉でゼクストを煽り、ゼクストの体から暴力的な魔力が「王の間」に吹き荒れるが、残りの三人の魔将は我関せずとばかりに沈黙を貫いていた。片や肉体派で前線で武功を上げるゼクストと後方で、常に新たな魔法を生み出す研究をして軍と国全体へと貢献しているルイヒルトと、ともに方向性は違えど国を守り発展させていた。故に二人は顔を合わせば衝突をし、頻繁に喧嘩をするのはもはや日常茶飯事だった。


「お二方、今は【魔王】陛下の御前なのですよ、口を慎まれてください」


まさにこの場で喧嘩と言うには生易しくない事態を止める為にクルークは空間に腕を差し込み、ゼクストとルイヒルトの背後へと指を押し当てた。それはクルークからの忠告でもあった。もしクルークが本気であったのであれば心臓を抉り出す等造作もない事だったが、ゼクストとルイヒルトの背に指を当てただけだったのは、最終宣告と言う意味も含まれていた。


「はいはい、俺が悪かったよ」


「私も、陛下の御前であると言うのに熱くなってしまいました」


ゼクストは何処か渋々と、ルイヒルトは落ち着きを取り戻し、冷静に謝罪を口にする。


「私からも謝罪を致しますので今の事はどうかご容赦を」


「よい。今の事は我が胸にしまっておこう」


「ご容赦の程、ありがとうございます」


ゼクストとルイヒルトはそれぞれ矛を収め、【魔王】へと膝を付き謝罪のし、クルークは魔王がそれほど気にしていない事に感謝をし、再び膝と頭を垂れた。


「さて、我が言いたいのはアスカロ王国は当面様子を見る事にし、他の国を責めてもらおうと思っている」


「陛下、何故アスカロ王国を攻められないのには、何か理由があるのでしょうか?」


口を開いたのは先ほど沈黙を守っていた三人の内の一人で、守り特化した魔法を使う【堅牢城塞】の二つ名をもつ、ガ—ディス・ヴエルだった。


「ああ、お前たちをこの場に集めたのは他でもない。どうやらこの世界に【勇者】以外に我を滅ぼす程の力を持つ者が現れた」


「まさか、魔王様に匹敵する人間が居るというのですか!?」


「ああ。我がガイウスの処断に影を送り込んだ先に、その人間は居た。我に匹敵するほどの力を以てな」


【魔王】の言葉に跪いているクルークを除いた全六魔将達に驚きの声が上がった。バアルでは強者至上。強きものが評価され、弱きは捨てられる。つまり平民であろうと強い者であれば貴族へとなる事も出来るが、弱者に関して虐げる、奴隷とする国であった。そしてその国の頂点に立つ者は、最強でなければならない。そして最強たる者が【魔王】となり、先代よりルシファーの名を継ぐのだ。故に世襲制ではない。そして今ステラに仕えているクルークはステラが現れるまでは【魔王】であった。そもそも【魔王】の容姿が外部にバレないのは、魔王となった者は、常に全てを靄によって隠される。それによって歴代の魔王であったと後に発覚するという事態は別段珍しい事では無かった。


「では、なおの事その人間を始末した方が良いのではないでしょうか?」


「そうです。陛下の為とあれば、我らは命を惜しみません、故にその任を私に!」


ルイヒルトからの提案に犬猿の仲であるゼクストは乗り、今すぐにでも殺しておくべきだと主張したが【魔王】は首を横に振った。


「今、彼の者へと差し向けたとして、恐らく返り討ちに会うのが関の山であろう。それに我の考えが外れていなけば、我らが手を出さぬのであれば彼の者が進んで我らを殺そうとはしないだろう故にこちらから手を出すことはしない」


それは【魔王】の黒装束の男と直に、ごくわずかとはいえ言葉を交わしたが故に分かる事だった。


「出過ぎたことを言いました」


「陛下の御心のままに」


「して、陛下、そうであるならば何故我らを集めたのでしょうか、何か重要なお話があるのでは?」


【魔王】の言葉を聞き、ゼクストとルイヒルトは頭を下げると再び跪き、それを見て口を開いたクルークの言葉に頷き魔王は再び口を開く。


「我がお前たちを集めたのは、先程、他の国に潜り込ませていた影より報告があった。碑石を見つけた、と」


それは、次の目的の場所が【魔王】の口から告げられた。





伏見と共に夜を過ごした翌朝、颯天はいつも通りの、朝日が昇る少し前に眼を覚まし、体を起こした。


「流石、習慣というのは怖いな‥…」


そう呟きながら颯天はベットから近くに置いて、いや雑に置かれていた衣服を身に纏うかと体を起こし時、


「う‥‥んんっ‥…」


自分の横に微かな吐息が聞こえ、その吐息の聞こえた方へと視線を向けると、そこには無防備に、まるで幼い子供の様に眠っている伏見の姿があった。昨日の晩、颯天と伏見は、この異世界で晴れて恋仲となった。

そして夜を供にし、現在へと至るという訳だ。そして昨日の夜、感情によって発作的に発情してしまった伏見だったが、寝顔を見た限りでは発作も納まっているようだった。


「そうか昨日はあのまま‥‥‥‥…」


颯天は、安心した表情で、まるでこの人の隣は安全とばかりに熟睡しながらも颯天の手を離さないとばかりに握っている伏見に少しの間、見とれていた。それでそして甦る記憶の中の伏見の肢体が脳裏をよぎった。


「お前は、あんなにも俺の事を思ってくれていたんだな」


眠っている伏見へ、昨日の夜の出来事の際の言葉への感謝を込めて颯天は優しく伏見の頭を撫でると、そっと伏見の手から自分の手を抜き取ると、そのまま物音を立てる事衣服を身に着け、そのまま部屋を出ると階下へと向かう時、ふと、伏見へのプレゼントととしアレが無いだろうかと思い、今日の鍛練の後、旅をするのに必要な食料品などを買う時にでも探してみるかと思いながら階下へと降りるとちょうど朝食の準備をする為に早起きをしていたニアとばったりと出会った。


「あ、ハヤテさん、おはようございます」


「ああ、おはよう。ニアも早いな」


挨拶もそこそこに自分と同じか、それより早く起きていた事に対して大丈夫なのかと尋ねたがニアは大丈夫ですとばかりに笑みを浮かべた。


「もうこれは私にとっての日常というか習慣ですからね」


「なるほどな。っと忙しいのに引き留めて悪かったな」


「いえいえ。それでは、ハヤテさんも気を付けてくださいね」


「ああ、そっちも頑張れよ」


そう言うと急ぎ足で食堂の方へと向かうニアを見送り、颯天は鍛錬をする為に街門の外に広がる草原へ向かう為に宿の外へと出ると、まだ城に隠れていたがそれでも微かにだが辺りには日が漏れていた。その光景は地球であれば大気にガスなどが混じっていて田舎か山で無いと見れないが、この世界ではガスなどの文明が魔法がある事によってあまり発達していないお陰か地球ではあまり見る事が出来ない光景を生み出していた。


「おお、いい景色だな」


その景色を見ながら今日は良い事があるかもなと思いながら颯天はいつも通り草原へと向かう為に街門へと

歩き始め、数分後には目的の場所である草原へとたどり着いていた。そして草原へと着いた颯天はまず辺りを伺うと人一人が乗ることが出来る大きさの石を探した。


「さてっと、座るのに良さげな石はあるか?」


周りを見ると少し離れた所に程よい大きさの石を見つけると颯天はその石の上に乗ると片足立ちをしながら目を閉じる。颯天がしようとしているのは精神統一ではなく、自分の内部、気を生み出す場所に施された封印の状態を見る為だった。


(やっぱり‥‥…施されていた封印が解けている‥‥だがどういう事だ?)


颯天に施されている封印は颯天が姉と慕う人を亡くして以降に父親である宗龍が颯天に施したモノだった。その時の事を颯天自身は覚えていないのだが、宗龍が言うからには颯天の体から膨大な気が溢れ出ており、それを抑える為に封印を施したという事だった。だが今颯天が見た限りでは七つに分けて施されていた封印の内の一つの封印が解かれていたのだった。


(だが、どうして‥…もしかすると伏見が関係しているのか?)


まず最初に思い浮かべたのは一緒に寝ていた伏見に関してだが、確かに伏見は半人半妖であるが特に珍しいという事はないので、なぜ颯天に施されていた封印が解けたのか不明だ。そもそも颯天が朝起きた時には既に封印は解除されていたのだった。


(まあ、いずれ分かるだろう)


取り敢えず、今すぐに分からなければならない訳ではないと颯天は結論付けるとバランス感覚を鍛える為にやっていた片足立ちの状態のまま石から飛び降り、そのまま朝日が完全に上がるまで鍛錬を続け、一通りの鍛練を終えると颯天は「安らぎの風亭」へと戻ると、既に起きていた伏見と一緒に朝食を取り、そして食べ終えた時に伏見へとある提案をした。


「買い物?」


「ああ、取り敢えずはこの国アスカロ王国の隣国のカヴァリナ皇国に行こうと思っている。」


「カヴァリナ皇国に?」


「ああ」


颯天達がいるアスカロ王国はちょうど大陸の中心に位置しており、そのアスカロ王国の東に位置する国がカヴァリナ皇国だ。その国の特色としては魔法も使うが、剣に重きを置いている事で有名な国で、国を治めているのが女でありながら、当代一の剣聖と言われ「騎士王」呼ばれる女王が治めている騎士の国であった。


そして買い物などをしてから凡そ二日後、街門付近にそれぞれ馬の背には幾つかの荷物が載せられており、それぞれ手綱を握っている颯天と伏見、そしてニアの姿があった。そして見送りに来ているのはニアの両親であるアルセトとその妻でニアの母親であるシエルさんは栗色の髪を動きやすいように肩の辺りで切りそろえ、眼元は何処か天然な感じの女性だった。


「それにしても、まさかアンタが見送りに来るなんてな?」


颯天がそう言う相手と言うのは、この街ギルド「アヴェンタ」のギルドマスターであるレオン・ギルデュッシュが立っていた。


「なんだよ、水臭い事を言うなよ、俺が居なければお前が銀ランクになる事もなかったし、カヴァリナ皇国のギルドへの紹介状も書いてやっただろうが」


「ああ、その件に関しては感謝しているよ」


本来、冒険者が他国に渡る際にはギルドに所属しているか等の確認などをする為に、また活動が出来る様に紹介状を渡す事が義務付けられているのだ。だが紹介状が発行されるには幾つかの審査があり、長いと数日を要すのだが、今回は、颯天を銀ランクにしたレオンのお陰で即座にスムーズに発行が出来たのだった。


「さて、それじゃあ少しばかり名残惜しいが、行くとするか」


「おお、気を付けて行って来いよ。ああ、それとカヴァリナ皇国にあるギルドの支部長にあったら、こ手紙を渡してくれ。きっとお前の助けになるだろう」


そう言ってレオンが颯天へと渡してきたのは、金色の獅子を模した印が押されている手紙だった。


「分かった」


颯天とレオンがそんな話をしている横ではニアが両親と抱き合っており、伏見はと言えば、の手引きで城から抜け出してきた、穂河の姿があった。もちろんそのままでは目立つので颯天お手製の幻術の術式が刻まれたペンダントを身に着け、ローブで隠していた。傍から見れば穂河はごく普通の町娘にしか見えない。


「じゃあ、そっちはお願い」


「うん。穂波そっちも気を付けてね」


と、どうやら伏見達の方も話が終わったのか、伏見がこちらへと近づいてきた。


「話は終わったのか?」


「うん、大丈夫。明日香も任せてって言ってた」


「そ、そうか…」


何時の間にか互いを名前を呼び合うようになっていた事に颯天は驚きながらも自分の馬へと跨り、伏見とニアもそれぞれの馬へと跨る。


「よし、それじゃあ、行くとするか。目指すは騎士王が治めるカヴァリナ皇国だ!」


「「お~!!」」


そう言って馬首を街門へと向け、颯天達は背にそれぞれ声を受けながらカヴァリナ皇国へと向かい始めたのだった。

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