第12話 「準備・索敵」

ミュールの森。それはアスカロ王国南部に広がる広大な森の総称だ。その森には独自の進化をした魔物達の魔窟だ。そして、本来この森に龍が現れることは滅多と起こりえないことである、森の中に一人の影があった。


「ふふふふっ、これが、私の力…ようやく…私にも力が手に入ったんだ、これであの人にも・・・」


「そうさ、君は選ばれたんだ。その御業をこの世界の愚かな人に示すんだ」


いや、女の近くの木の上に全身真っ白な鴉いて、鴉が女と話していた。


「ああ、あはは、ああ、きっとみんな驚くだろうなぁ・・・」


どうやら女は優越に浸っているのかその表情は嗜虐的な笑みを浮かべていて、鴉の言葉は届いていないようだった。だがそれでも鴉にとってはどうでも良かった。勇者を堕とすという目的は達成されていたのだから。


(ふふふ、堕ちた。それもいとも簡単に容易く。こんなのが異世界より召喚されし勇者だというのだろうか…くくく、とんだお笑い草だな、こんな存在を信じているのか、奴らは)


そんな事を想いながらカラスはその場から羽ばたいたが、女はそれにすら気づいていなかった。そして自らが操られているとも気づかずに。


「さて、ここに来るはずのドラゴン、そして、この森に向かっている冒険者と勇者ども。この森で絶望を知るがいいあがくがいい。ハハッ、ハハハハハ!」


カラスは高笑いをしながらその場から自らの主人、がいるこの世界の果てへと羽ばたいていった。



カラスがミュールの森から飛び立った同時刻。目的地であるミュールの森へと颯天たちは到着しており、森の入り口で打ち合わせを行っていた。


「じゃあ。基本は俺が戦うってことでいいか‥‥」


颯天はこれから入るミュールの森へと【霊眼】を向けた。


((これは、使い魔、か?‥…それに、この力は‥‥まさか)」


「‥…ハヤテ殿?」


颯天と打ち合わせをしていたデュオスだったが、突然話の途中でハヤテの顔が強張ったかのように感じ、その視線が森の方を見つめていたことに気づいた。デュオスも颯天の視線を辿る様に森を見たが何も見えず、視線をハヤテに向けると颯天の視線はこちらへと戻っていた。先ほどの顔が幻であるかのように。


「ああ、悪い。じゃあ話の続きを話しておくか」


「は、はぁ、私はいいのですが、どうかされたのですか?いきなり森の方を睨まれて」


そう、先ほどのハヤテの瞳は何かを獲物を見つけた鷹の如く細められていたのだ。

故にデュオスは声をすぐにかける事が出来なかったのだ。だが今はその目はここに来る途中に見たごく普通の年相応の穏やかな光を宿した瞳に戻っていた。


「いや、何かよくない類の気配を感じて森をくまなく探ったが、特に何もなかった。」


「よくないものですか・・・ちなみにですがそれはどのような感じなのですか?」


今後の為に知りたいのですがとデュオスからの言葉に颯天は顎に手を当てた後、答えた。


「何か、背筋がざわつく類の気配としか言えないな」


「背筋がざわつく‥‥ですか?」


何処か曖昧なその答えにデュオスは顔をしかめた。デュオスはそのたぐいの経験はない。だが何かしらの魔法によるものかとも思ったのだが、だが背筋がざわつくとは…

何処か微妙な表情をしたデュオスに颯天は仕方がないかと僅かに苦笑した。


「案外侮れないものだぞ、俺が冒険者になるまで他の仕事を、いや、今も続けているが、その時でも勘、第六感、シックスセンスとでもいうべき言葉にできない、それに助けられたことが幾度もあるだよ。」


デュオスはハヤテの言葉を聞きながら、ハヤテが冒険者になる前のことについて聞きたいという思いが浮かんできたがそれを意志でねじ伏せた。それは自分の中の防衛本能が警鐘を鳴らし、体にも自然と力が入っていたのに気づく事が出来たからだ。


「それに、この第六感は人間の超能力、異能ともいえるものではないかと俺の故郷ではまことしやかに言われている。まあ本当かどうかは知らないがな」


颯天がそう話を締めくくると、何やら考え始めたデュオスから颯天は距離を取り、先程感じた考える時間が出来た。


(主殿、先程のあれは)


「ああ、さっき森から感じたあれは‥…妖力」


颯天が念話で白夜と先ほど感じた力、妖力に関して話している一方デュオスは改めてハヤテの力がすさまじいという事に。

だが一方ので改めて今回の依頼を受けた冒険者、ハヤテが受けてくれたという幸運にも感謝していた。




それと同じく改めてハヤテと自分の間には隔絶した力量の差があるのだとデュオスは感じていた。デュオスも王国宮廷騎士団長であり、その強さも並大抵の騎士ではない。王国内で5年に一度行われる身分など関係なく魔術、武術をで競い合う大会では団長であるデュオスは参加できないがその時の優勝者の実力はその眼で見ている。そしてデュオスの目から見たハヤテの実力は、


(もはや、強いという枠組みにすら納まらない。規格外、いや怪物と言うしか、それしか表せる言葉が無い)


デュオスは自分の実力を自覚しているいたのと、ハヤテが力の一端見せた事で分かったが、偶然出会っただけであれば、デュオスですら気が付くことは出来なかっただろう。

そして素人では決して気づく事が出来ないだろう。それほどまでにハヤテは巧妙に自分の実力をごまかし、相手に感づかせない技量を持っているのだ。

いったい本気を出せばどれほどの実力なのか、デュオスは雲をつかむ事が出来ないように、ハヤテの実力もその力の片鱗すら掴む事が出来ない。


(いったいどんな修羅場をくぐればそのような力を得ることが・・・)


デュオスはそんな思いを断ち切り、部下と勇者たちへの説明のために勇者たちと部下たちが集まっている場所へと歩き出した。


「さて、さっきの気配は・・・・どうだった、白夜?」


颯天は森へと様子見に行かせた白夜に声を掛けたと何も無かった空間から人が姿を現した。現れたのは、齢12・3ほどの少女であった。その髪は鮮やかな金色、瞳も髪と同じ金色。そして頭には狐の耳、お尻にからは狐の尻尾が生えていた。


「うむ、やはり霊体化よりはこちらの方が楽じゃの。全く守護者の扱いが荒い男じゃの?」


「悪かったよ。この埋め合わせはちゃんとするからさ」


「そうかそうか、それならお主の熱い白い迸りをわしの胎に「それは無し」ぶ~、いいではないか!」


「今はそう言う状況じゃないだろ?とにかく、それは置いておくとして、どうだった?」


「‥…じゃあ、抱き着いてはいいかの?」


「‥…ちゃんと説明しろよ?」


これが齢二千年を超える最古の狐の『霊獣』なのかと改めて溜息を吐きながら許可すると白夜は颯天に抱き着いた状態で見てきた森の状況を説明し始めた。


「まず、森の中なのじゃなが、どうも静かすぎるのじゃ。まるで何かに、そう、王の居る玉座を前に何人たりとも沈黙を保っているかのように、の」


しかし、その実力は、観察眼は颯天をはるかに上回る。長い時を経ての経験、直感、知識は他の『守護者』『霊獣』の追随を許さないモノだった。そして、白夜からの情報を合わせると。


「やはり、居るか。古来より最強と云われている、ドラゴンが」


「うむ、まあ依頼書に事前に書かれておったからの。居ないと拍子抜けじゃろうよ。それにしても」


白夜は手を開いては閉じ、人差し指を立てるとそこに炎、狐火を作り出した。


「この世界はあちら地球と違い、表に堂々と魔力、魔法などの異能が存在して居るお蔭か、力の行使が容易じゃの」


「やっぱり、そう思うか?」


それは、この世界に召喚されて以降、颯天も感じていた感覚だった。地球でも様々な異能などが存在しているが、それらの力を危険視する政府によって地に印が施され、術の行使などもラグが生じていた。だがこの世界ではそのような縛りは無いように感じていた。


「まあ、こちらにとってみれば悪い事では無いから気にする必要はないじゃろうが」


「まあ、気を抜かないように気を付けるさ。ありがとな」


「ま、まあ契約者である主殿が消えればわしはまたあの暗い社で眠りに就かねばならないのは耐えがたい故にな!」


と照れ隠しで言っている白夜に颯天は優しく頭を撫でた。途端に白夜は犬みたいに自分の頭を颯天の掌に押し付ける。そしてその顔は颯天は見ることはできなかったが、その顔は幸せそうに緩んでいた。


「さて、それともう一つだけ、確認事があるんだが、居たか?」


「ああ、居る。それも、件のドラゴンと一緒にな」


颯天の真剣な言葉に甘えていた白夜も真剣なまなざしで目の前に広がる森の中へとむけた。しかし一転して白夜は明るい声で颯天に告げる。


「ま、主殿であれば解決できるであろうよ」


「…簡単に言ってくれるよ」


白夜からの信頼の言葉に颯天は苦笑いを浮かべながらも決して否定はしなかった。そしてもう一度、森の奥でドラゴンと一緒に待っている少女へと告げる。


「待っていろ、伏見」

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