第36話  王国到着

 嫌だ嫌だと、ずっと首を横に振っていた音々ねねさんだったが、オレたちはあの手この手を使って説得をした。

 具体的にはRPGが物で釣ったり、オレが必死に諭したり、想樹そうじゅさんが優しい声をかけたり、軟子なんこさんがぷるぷるしたり。

 色々と苦労はしたのだが、最終的に決め手になったのは陽色ひいろちゃんの一言だった。


「蜘蛛だらけにする? る?」


 それを聞いた音々さんは今にも卒倒しそうなほどに顔色が悪化し、目を回していた。

 ふらふらとした足取りで危なっかしい。


 音々さんは蜘蛛が大の苦手だ。

 なんでも八本足なのがだめなのだとか……。

 謎な理由だが、タコを見ても同じような症状になる。

 虫も好きではないだろうが、ここまで酷いことにはならない。イカでも平気だ。


 だから八本足に苦手意識があるのは間違いないが、意味がわからない。

 虫も蜘蛛。タコとイカ。

 大差ないだろうに……。


 なんにせよ、陽色ちゃんのシンプルな脅しによって、音々さんは首を縦に振るしかなかったのだ。

 なんせ陽色ちゃんにかかれば視界を蜘蛛で覆うなど、簡単にできてしまう。

 自分の苦手なもので埋め尽くされるなんて、想像しただけでゾッとする。


 音々さんには同情する気持ちがあるが、今回は陽色ちゃんの判断が正しいと思ってしまった。


「ちょっとやり過ぎちゃったかな。な?」


 陽色ちゃんは申し訳なさそうな表情で、オレの耳元でそう囁いた。

 吐息が耳にかかってくすぐったい。


「ああでもしないと音々さんは動かなかったと思うよ? だからありがとう」


 陽色ちゃんが悪役をかってでてくれたおかげで、こうして前に進むことが出来たのだ。

 それに音々さんが嫌がったのが問題なのであって、陽色ちゃんが悪いわけじゃない。


「そか。なら良かった! えひひ」


 陽色ちゃんは嬉しそうに両手を軽く合わせた。




 音々さんの気が変わらないうちにと、オレたちはすぐに王国の首都、サルマラルマへとやってきた。

 サルマラルマは道路もレンガのようなもので舗装されており、人もたくさん行き交い、かなり栄えているようすを見せている。

 そこらじゅうに魔法の絨毯が飛び、沢山の荷物を乗せていたり、家族連れで今から出かけるような感じだったり……。


 更に観察していくと、魔方陣がそこら中に書かれており、突如そこに人が出現したりもするし、子供が風船のお化けに追いかけ回されていたりもする。

 少し離れた場所にある大きな宮殿は、七色に染められていた。


 そんな、オレたちにとっての非日常が、平然と目の前に広がっていた。


「さっきの街もそうだけど、なんか平和だな。征服してるオレたちが言うことじゃないだろうが……」


「アルタナの街は、王国が圧力政治かけてたみたいで、喜んでくれたの図!」


 軟子さんは嬉しそうにその場で飛び跳ねる。

 ほっぺたがぷるぷるとしていた。


「賑やかなところはあまり好まないが、やれやれ、しかたがないから攻略してやるか」


 RPGはすかした顔で肩をすくめる。

 どうせやれやれ系主人公を気取りたいだけだろう。

 最近そんな小説にハマったのだと噂で聞いた。


「染めたくなるね。ね?」


 陽色ちゃんは街の色が物足りないのか、目がキラキラとした輝きを放っていた。

 本当にぬり絵感覚で塗ったりすることもあるから厄介だ。

 オレの机がピンク色になってた過去は今でも忘れない。


「帰りたいぃ……」


 音々さんは覚悟を決めたはずなのに、目から雫が流れていた。

 恥ずかしいのはわかるが、自分の能力なのだからいい加減慣れてもいいだろうに……。


「とりあえず、宮殿は、あれだよな……」


 この街のどこからでも見えるのではないかと思うほど、それは巨大だった。

 一体なん人を収容する気だったのだと疑問もあるが、そんなものは些細なものだ。


「あれ、だっさいね。ね? 塗り直していい? い?」


 縦の縞々で、七色に塗られているのだ。

 ダサいという次元を超えて、新しい芸術か何かなのかもしれない。

 オレたちには到底理解できないセンスだが、この世界ではポピュラーな可能性だってある。限りなく低い可能性だが、ゼロではないはずだ。きっと、多分……。


「個人的には塗り直してほしいけど、だめだ」


 あの宮殿は吐き気を催すんじゃないかと思うほど、酷いできだ。

 しかしそういう精神攻撃を仕掛けてくるのが目的であの色なのかもしれない。という新しい可能性を見出した。


「……行く?」


 想樹さんがぼそりと口にした。

 その言葉に音々さんが潜入するんだから夜だと、正論という名の後回しにしようとしていたが、


「さななこさんが捕まってるんだ。今すぐ行く」


 オレはその意見を真っ二つにぶった切った。

 一分一秒でも早く、助けるべきだ。

 今頃、心細い思いをしていることだろう。いや、してないかもしれない……。


 どっちにしろ、早い方がいい。


 夜だろうが、昼だろうが、オレたちにかかればそんなもの問題にすらなっていない。


 オレの意見に賛同し、意気込む中、一人だけやる気のない垂れ目がいた。


『入れ替えたら一瞬で救出できるよね?』


 今から全員で団結してさななこさんを助けようとしているのに、台無しなことを言うんじゃない。


 そもそも、使わない。


 想樹さんの力を借りて、簡単に救出しても、今後のためにはらない。

 楽な方法ばかり取っていると、オレは一人では何もできなくなってしまう。


『でも団結するんだよね? けっきょくは協力するんだよね? 一人の力じゃないよね?』


 そんなに捲し立てなくてもいいじゃないか……。


 オレの気持ちを知っているくせにこの言い草……。


 本当に、心の中だと饒舌になりやがって、まったく、可愛いやつめ。


 想樹さんは、キッとオレを睨んだ。

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