旅する私と待つあなた
石野二番
第1話
・待ち人来たらず・1
キリキリキリキリ カチンカチン
私は今日もあなたを待っています。約束したから。
・砂の地にて
乾いた土地だった。見渡す限り、砂と岩ばかり。照り付ける日差しも強く、生きていくには厳しい環境だ。旅人たちも、無理にここを通らずに迂回する者が多いと言うが、それも頷ける話だった。
私は少々後悔し始めていた。まっすぐ通り抜けた方が早いと思っていたが、実際足を踏み入れてみると、歩きにくい砂地と容赦ない太陽がどんどん体力を奪っていく。このままでは遅かれ早かれ動けなくなってしまうだろう。
そんな危機感に背を押されながら歩いていると、目の前にオアシスと、それに寄り添うように街が見えてきた。
私はこれ幸いとばかりにその街に向かっていった。
*
街に入り、私はまず宿を確保することにした。幾人かの住人に声をかけ、宿屋の場所を尋ねる。この街には宿屋は一つしかないということなので、そこに泊まることを決めた。
宿屋の入口でコートの砂を払い、それから受付を済ませる。滞在するのは二泊ほど。今日はもう休み、明日旅に必要なものを買い足して明後日出発しよう。そう考えながら、案内された部屋に入るなり私はシャワーを浴びてベッドに潜りこんだ。
*
翌日、街で買い物をしていると、通りの向こうで声が上がった。
「ひったくりだー!」
見ると、大柄な男がこちらに走ってきている。片手には小さなリュックを持っていた。
男が脇を走り抜ける瞬間、私は男に足を引っかけた。盛大に男が転倒する。
「何しやがる!」
怒鳴りながら立ち上がろうとする男を周りにいた住人たちが取り押さえる。ひったくられたリュックは無事、遅れて走ってきた小柄な女の子の元に戻っていった。
女の子がリュックを抱えてこちらに来る。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「別に大したことはしてないよ」
「それでも、ありがとう。旅人さん?」
「そうだよ。行きたいところ……、いや、帰りたいところがあるの」
私の言葉に女の子は目を丸くする。
「帰りたい……。そこって遠いの?」
私は小さく頷く。
「そっか……。いつか、帰れるといいね」
そう言って女の子は小さく笑った。
「それじゃあね!悪魔の旅人さん!旅の幸運を祈ってるよ!」
一度大きく手を振ってから、その女の子は駆けていった。私は自分の頭から生えている金色の角を撫でながらそれを見送った。
*
宿に戻ると、主人が笑顔で迎えてくれた。
「あんた、ひったくりを捕まえたんだって?女だてらにすげぇな」
「私は足を引っかけただけですよ。捕まえたのはこの街の人たちです」
「謙遜すんなって。この街もできて間もないからよ。あぁいうのがまだ多いんだ」
困ったもんだよ、と主人は苦笑した。
*
朝になり、街を出てすぐの所で私は男たちに囲まれていた。そのうちの一人は昨日のひったくりだった。
「よう、姉ちゃん。昨日は世話になったな」
ひったくりが口を開く。どうやら仲間を連れて報復に来たということらしい。
「その角を見るに、どうやら悪魔みてぇだがなぁ、調子に乗んじゃねえっ!」
そう吠えると、男は懐から拳銃を取り出して発砲した。飛び出した弾丸が私の足元に突き刺さる。威嚇のつもりなのか、単純にその程度の腕前なのか。私がそう考えている間に、他の男たちも銃口をこちらに向けていた。
「やっちまえ!」
その一声を合図に男たちは引き金を引いた。
無数の弾丸が発射される。私はそれを跳躍することで避けたが、一発が左脚に当たった。金属のぶつかる音が響く。
私はそれを無視してひったくりの背後に着地する。そしてそのままそこから走り出した。
「逃がすな!殺せぇ!」
一瞬遅れてそんな声とともに銃声が後ろから聞こえたが、私は振り向かずに一目散にその場から逃げ去った。
*
どれくらい走っただろうか。気付くと、街は随分遠くになっていた。なんとか逃げ切れたようだ。私はそばにあった大きな岩の陰に座り込んだ。弾丸が命中した左脚を確認する。
「あーあー。外装が……」
そこには、金属でできた機械仕掛けの足があった。足首の上の部分が少しへこんでいる。ここに弾丸が当たったのだろう。
「動作には……うん、問題なさそう」
ならいいか。そう思い、立ち上がる。とりあえず、現在地がどこなのかを知らなければ。私は荷物の中からコンパスを取り出した。
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