知らせる
「あら……?」
外の小さな異変を感じたのは、歌い始めてから大分経った頃だった。
喉を休めるための休憩を取り、鉄格子が嵌められた窓際に移動すると、この建物を窺っている人影がいるのを見つけた。
(ベルベット?)
服装は違うが、あの水色の髪は、まさしくベルベットだ。
早くもこの建物に目星を付けたのか。
(計画が穴だらけではないかしら? こんなに早く勘づかれるだなんて。それとも、アルファ君の発見が早かったのかしら?)
まだ見ぬ主犯に呆れながら、アンジェリカはふと思い付いた。
鉄格子の窓には、ガラスが張られていない。鉄格子の合間から両手を出せば、ベルベットがこちらに気付いてくれるかもしれない。
周りに他の見張り番がいないことを確認し、両手を出す。なんとなく両手をゆらゆらと揺らしていると、ベルベットがこちらを見上げて固まった。
わたしですよ、という意味を込めて、手を振ってみる。すると、すぐ分かったのか手を軽く振り返して、去って行った。
これで位置を知らせることができた、と思いたい。
扉の傍らに移動し、向こう側の見張り番に話しかける。
「見張り番さん。わたしはいつまで、ここにいなくてはいけないんですか? けっこう時間が経ったようですが」
「さあな。下っ端には分からないことが多いんでね」
「そうですか」
やはり見張り番は下っ端らしい。
鐘の音色が微かに聞こえてきた。この国では、各街や村に鐘の塔という、時計塔があり、その鐘の塔から奏でられる音色の違いで、時間を見極める。
この音色は夕方になった時に奏でられる音色だ。
「夕方になってしまいましたね」
まだ昼間に誘拐されたので、結構な時間が経っているということになる。
「夜までにはお呼びが掛かるさ」
「この誘拐の目的は、聞かされていないのですか?」
「詳しいことは知らん。ただ、あんたは王女で、転覆が誘拐の目的じゃないというくらいしか」
「王女と知っていたのなら、どうして誘拐したのですか? 王族を攫うと死罪になると聞いたことがあるのですが」
「高い金を積まれたみたいでな。リーダーがやるっていったら、やるしかないのさ」
「なるほど」
つまり、この男達と主犯は、全く別のグループで、特に深い関わりではなく、ただ金だけの関係だということか。
(転覆目的ではないとしたら、目的はなんなのかしら? 身代金? それを山分け? まぁ、王女ではないにしろ、聖女だから、王族もたっぷり身代金を用意してくれるでしょうね)
アンジェリカはそこまで考えて、嘆息する。
(グレーウェンベルク家は、責任を取られるわね、きっと。お家潰しにならなければいいけれど。せめて爵位下げが一番平和的かしら? 爵位下げをしたら、領地を没収されそうだけど……)
王とロタールは友人だと言っていたが、友人だからといって立場的に甘くは出来ないだろう。
今後を心配しても、どうしようも出来ない。
(今後……)
アンジェリカは小さく笑む。
(自然と今後の心配をしているなんて、いつの間に変わったのかしら)
今後の心配ができるようになったとしても、状況は変わらない。ただ、救助が来るのを待つだけだ。
(まぁ、別に助けが来なくてもいいのだけれど)
アンジェリカにとって、どうでもいいことだ。
今ここで死んでも、グレーウェンベルク家の皆に迷惑が掛かるだけだから、救助がしやすいように協力はするが、だからといって、抗うことはしない。
ただ、淡々と、過ごすだけだ。
(死ぬのは怖くないけれど)
再び鉄格子の窓の傍らに移動し、空を見上げる。曇り空のせいで、いつもより暗い灰色の空を仰ぎながら、想う。
(小太郎が今どうしているのか、知りたかったな)
こちらに来た頃に埋めてきた思い出を、掘り返す。
約束を果たすことが出来なかった少年が幸せになっているのかどうか、この目で確かめたかった。
(神様の愛し子が聖女なら、神様もサービスしてくれたらいいのに)
アンジェリカは嘆息する。
(死んだ後の世界があるとしたら、神様に直訴しちゃいましょうか。今の小太郎を見せてくださいって)
そんな夢想をしながら、アンジェリカはなんとなく、歌を紡ぎだした。
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