ドナドナされて

 昼間というのに、大胆な行動に出るものだ、とアンジェリカは他人事のように感心しながら、大人しく男達に運ばれる。


 荷車ようなものに乗せられ、布を被せられて、アンジェリカはじっとしていた。


 アルファはこのまま、屋敷の中に置き去りにされたらしい。つまり一人だけなので、なにか行動を起こしても良かったのだが、口には布を巻かれ、思うように大声を出せない。他に音を出せる物など、周りにないみたいだったし、そもそも周りに他人がいなければ音を出しても無意味だ。


 男達が手練れなのか素人なのか分からない。それでも、男と女の力の差もある。隙を見て逃げ出しても、すぐに拘束される。意味のある行動には到底思えなかったので、アンジェリカは早々に逃げることを諦めることにした。


 目的に着いたのか、荷車から降ろされて、扉が開く音がして、数歩歩いたところで、扉が閉まる音がした。建物の中に入ったようだ。黴の臭いが鼻腔を掠める。


 歩け、と荒々しく背中を押され、歩いていく。しばらく階段を上った先の扉の先に押し込められた。拘束が解かれ、しばらくここにいろ、と閉じ込められた。


 少しの間、扉を睨んだ後に、さて、と立ち上がる。


 何故拘束を解かれたのか知らないが、せっかくの自由だ。できるだけ情報を集めるべきだろう。


 部屋は屋敷の部屋に比べると狭いが、まぁ普通の広さだった。屋根裏部屋みたいな印象のある部屋だった。建物自体古いのか、黴臭さが充満している。歩くと、床が軋んだ。それから、鉄格子が嵌められた窓がある。ここから脱出は無理そうだ。


 しばらく使われた跡がない古いベッド。古い箪笥に、古い机と椅子。クローゼットもあったが、ボロボロで穴が所々空いている。中身を見ると、黒と白を基調としたワンピースが数着掛けられていたが、虫食いが酷く、着られたものではない。



(このワンピース……テレビで観た、修道院の女の人が着ていた服にそっくり)



 この世界においての修道院の制服は知らないが、大差がないのであれば、ここは修道院だろうか。



(いいえ、元修道院かしら? 廃墟って感じがするわ)



 次に窓の外を見ようと、窓際に行く。


 あれから然程時間が経っていないから、曇り空でも空はまだ明るい。今にも降り出しそうで、アンジェリカは心配になった。



(ここ、だいぶ古いけれど、雨漏りしないかしら)



 溜め息をついて、下を見る。


 エバンの花畑がとても近い。ということは、街外れ、しかも下の方にいると分かった。もう一つ分かったことは、ここが塔の上だということだ。鉄格子がなくても、脱出は不可能だ。



(鉄格子まで嵌められているなんて……ここはかつて、お仕置き部屋だったのかしら?)



 下の方を眺める。建物を囲う塀があるが、所々崩れている箇所がある。見たところ、見張り番はいない。いてもいなくても、どうすることも出来ないので、別に良いが。


 ふと、扉の前には誰かいるのだろうか、と気になって、扉の向こうに語りかける。



「すいません、誰かいらっしゃいますか?」


「……なんだ」



 返事があった。見張り番はいるようだ。声の感じからして、先程のナイフの男ではなさそうだ。



「いいえ。ただ、雨が降りそうなので、雨漏りは大丈夫かな、と思いまして」


「その時はその時だ」


「そうですか。ところで、どうしてわたしは誘拐されたのでしょうか?」


「時期に分かる」


「そうですか」


「……どうして、誘拐された理由を後で訊くんだ」


「とりあえず目先のことを考えるのが、癖でして。わたしにとっての目先のことが、雨漏りだったもので」


「それもどうかと思うが」



 扉の向こうの人物が、呆れた空気を醸し出している。


 誘拐された本人が、さほど誘拐された理由を気にしていない様子だから、危機感がないと呆れたいるのだろう。


 アンジェリカ自身、危機感がほとんどないといえるのだから、何とも言えないが。



「どれくらい、ここで待てばいいのですか?」


「さあな」


「暇です」


「我慢しろ」


「見張り番さんは、暇ではないのですか?」


「暇だが、今は仕事中だ」


「真面目ですね」


「いいから黙っていろ。お前と話していたら、他に文句を言われる」


「わかりました」



 暇潰しに話してくれないだろうか、と思っていたのだが、どうやらあちらはその気は全くないらしい。


 話しかけたら応えてくれるが、会話を広げる気がないようだ。




 溜め息をついて、ベッドに腰掛ける。床と同じように、軋んだ。壊れないか心配だが、椅子はもっと心配なのでここしか座れる場所がない。


 暇だ。何もないみたいだし、どうやって暇を潰そうか。



「見張り番さん」


「……なんだ」


「出来るだけ外に漏れないようにするので、歌ってもいいですか? 暇すぎて眠っちゃいそうです」



 しばらく沈黙が流れる。駄目かしら、と思っていると、返事が返ってきた。



「……なるべく小さくしろよ」


「ありがとうございます」



 礼を述べて、アンジェリカは歌を紡ぎ始めた。


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