アルファの夢

「うんめぇ! これ、誰が作ったんだ?」




「ここのシェフが作ってくれたんですよ」




「さすが、貴族のシェフだな!」






 お気に召したようで、アルファは次々とクッキーを口の中に放り込む。アンジェリカはそれを横目で眺めながら、ヴァーランス焼きで出来た水筒の中に入れた紅茶を口に含んだ。






「それも美味しいですけど、アルファ君のお母さんが作ったお菓子も美味しかったですよ」




「そりゃそうだ! 母ちゃん、夜おそくまで試作品をたくさん作って、けんきゅーしているんだからな。みんながおいしそうに食べてくれるのが、うれしいんだって言ってた」




「アルファ君のお母さんは、立派ですね」




「だろ? ま、試作品食べているから、あんなに太っているんだけどな!」




「あらあら」






 母親を褒めてもらえて嬉しいのか、アルファの声が弾んでいる。






「アルファ君は、お母さんのお菓子、好きですか?」




「うん。姉ちゃんの母ちゃんのお菓子はどうなんだ?」




「わたしのお母さんは、わたしが生まれた直後に亡くなったので、知らないですね」




「ふーん?」






 死の概念をいまいち理解していないのか、アルファは不思議そうに首を傾げる。


 変に気を遣われるより、こういう反応のほうが気が楽だ。






「アルファ君は、お菓子作りはしないのですか?」




「しない! おれは味見担当だから! お菓子作りはお菓子作りが好きなやつがすればいい」




「それもそうですね。お母さんの跡を継がないんですか?」




「それって、おれが次の店長になるってこと?」




「そうです」




「ならないね! 母ちゃんと同じお菓子を作りたいやつが、次の店長になればいい!」






 なかなか核心をついているな、とアンジェリカは内心、感心した。




 これといった能力がない息子が店を継ぐか、才能のある他者が店を継ぐか、揉めているところに殺人事件が起こる、というサスペンスドラマがよくあった。その中で大人の関係者たちは、あーだこーだの騒いでいたが、この子は子供なのに、行き着いた結論を出している。




 この子、本能で核心に触れてしまうタイプなのかもしれない。ある意味、危ない気がする。






「それに、おれには夢があるから、店長にはならないぜ!」




「夢、ですか? なんですか?」






 首を傾げると、アルファは目をキラキラさせて、アンジェリカを見上げた。






「魔法機を造りまくること!」




「ああ。だから、魔法機があるところに行くのですね」




「そーいうこと! 今さら気付いたのかよ」




「どんな魔法機を造りたいんですか?」




「とりあえずたくさん! いろんな種類の魔法機を造りたい!」






 たくさん、と言いながら、腕を大きく広げて、たくさん、を表現しようとするアルファに、アンジェリカは微笑する。






「幅が広いですね。頑張ってください」




「おう! 頑張る!」






 アルファは、機嫌良く返事した。この前に比べると、けっこう心を開いてくれたように思える。これがお菓子効果だろうか。


 ふと、思い付く。






(夢を見ることって、よくよく考えてみれば前を向いているってことね)






 先程考えていた答えの一部が、現れたように見えた。


 だが。






(夢……夢って、どうやって見るのかしら)






 夢を思い描くことが無駄な人生だった。何も知らないから、夢を描けなかった、というのもある。


 だから、夢の方針を決める方法も分からない。振り出しに戻った。


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