記憶②
「すまないなぁ…… 」
病院のベッドに横臥する老人の顔を覗き込んで、 は微笑しながら首を横に振る。
この老人は、 の祖父だ。血の繋がった、たった一人の家族。
家で倒れていたところを、近所の人が発見して、病院に運ばれた。なんとか一命は取り留めたものの、そう長くはないというのは、 にはよく分かっていた。
医師や看護師からは、ちゃんと元気になるから、と を慰めるが、それがただの慰めという名の嘘だと、 は知っている。
嘘を吐くのなら、もう少し騙しやすい内容がいいのでは、と青白いのを通り越して白くなった顔色を眺めながら思う。
「できれば、長生きしたかったんだけどなぁ。どうやら、長生きはできないみたいだ。すまない……ほんとうに、すまない……」
祖父が謝罪を繰り返す。本で「壊れたラジオのように繰り返す」と書いてあったのを目にしたことがあるが、壊れたラジオ、というのはこのことなのかなぁ、と暢気に考える。
だが、 は、見抜いていた。祖父の瞳の向こうにあった安堵を。それは、 が体調を崩し、持ち直した時よりも、深い安堵だということを。
なにが、長生きしたかった、だ。そんなこと、本当は思っていないくせに。いっそのこと、吐露してしまったほうが、楽だ。
胸が小さく痛む。 は、それを面に出さず、笑ってみせた。
「気にしないで、おじいちゃん」
は、安堵のことを指摘せず、皺くしゃで枝のように細くなった手を握り締める。
(よかったね、おじいちゃん。わたしよりも、先に逝けて)
知っていた。祖父がずっと怯えていたことを。
孫を失う瞬間を、自分が独りになる瞬間を。
祖父は、ずっと恐怖と戦っていたことを、 は、気付いていた。
だから、 も安心した。
(心配しなくても、大丈夫だよ)
遅かれ早かれ、自分もすぐそっちにいくのだから。
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