お出掛けしましょう

 髪型は横髪を編み込んで、白いリボンで後ろに止めるというものにしてもらった。派手なものは正直苦手なので、安心した。



「完璧」


「ですね」



 着飾れたアンジェリカを見て、二人は満足げな顔でうっとりとした。


 鏡の中の自分を見ても、可愛いのかよく分からないが、どうやら二人が満足いくような仕上がりになったらしい。



「これで、クルト様が見惚れること、間違いなしですよぉ!」


「あらあら。クルトの好みではなかったら、そうなりませんよ」


「いやいや、絶対に見惚れますよぉ! ああいうお方って、妖艶系ではなくて、清楚系が好きな人が多いんですからぁ!」


「そういうものなのですか?」


「殿方の好みは多種多様ですから、なんとも」



 アナが苦笑しながら答える。



「クルト様は、これまで浮いた話が一切なかったので、好みは分かりかねます」


「あら、そうなのですか? 彼狙いの令嬢が多いと、聞いたのですが」


「多いですよぉ」



 ベルベットが薄く笑う。



「でも、クルト様が手を出したっていう話は、一つもありませんねぇ。女嫌い、もしくは男色家かっていう噂が出るくらいでしたよぉ」


「男色家って、男の人が好きな男の人っていうことでしたっけ?」



 昔読んだ本で、そういう単語が出ていたのを思い出しながら、訊ねると、ベルベットが頷いた。



「そうですよぉ。アンジェリカ様に一目惚れしたっていうことは、ただ単に、言い寄る令嬢の中に、好みのタイプがいなかっただけでしょうねぇ」


「清楚な令嬢は、そもそもあの輪の中に入ろうとはしません」


「そういえば、アナ先輩、夜会の手伝いに駆り出されたことがありましたねぇ。そんなにすごかったんですかぁ?」


「えぇ。まさしく、火に集まるフナタルでしたわ」


「わぁ! そんなにですかぁ!」



 アンジェリカは首を傾げた。フナタル、とは一体なんだろうか。おそらく諺なのだろうが、諺はまだ習っていないので、意味が分からない。



(飛んで火に入る夏の虫、みたいな意味かしら? いいえ、それだと使い方が変だわ)



 あれは、自分から進んで災いの中に飛び込む、という意味だ。似たような意味ではないだろう。



(今度から、諺も教えてもらいましょうか)



 と、考えていると、アナに話しかけられた。



「アンジェリカ様。そろそろ」


「はい」


「むふふ~。どんな反応するのか、楽しみですねぇ!」



 ベルベットが、にやにやした顔を浮かべる。



「あら、どうしてですか?」


「ああいう表情が固い人の、あわてふためく姿を見るのがすごく楽しいからですよぉ」


「はぁ……そういうものですか」



 はたして、着飾っただけで、あわてふためくのだろうか。

 疑問は残るが、クルトが待っている玄関に行かないといけない。



「では、行きましょうか」


「はい」


「はぁい」



 ベルベットに扉を開けてもらい、廊下に出る。エントランスを見下ろすと、クルトがいた。


 いつも黒ずくめの服を着ているが、白いシャツを着ている。黒いベストとズボンを着ているので、黒がないというわけではないが。腰には、剣がぶら下がっている。彼が剣を持っているところを見るのは、初対面の時以来である。


 挨拶は、朝御飯を食べる際に交わしたので、今はいいだろう。


 階段を降りると、クルトがこちらに視線を向けた。

 目が合うと、目を丸くしてアンジェリカを凝視していた。



「さっそく、見惚れていますね」


「そうですわね」



 後ろで二人が、こそこそと会話しているのが聞こえる。

 これ、見惚れているのかしら、と内心首を傾げていると、クルトが近付いてきた。



「その……似合っている」



 視線を逸らしながら呟かれた言葉を聞き、アンジェリカはにっこりと笑った。



「あら。ありがとうございます」



 そう言うと、クルトの肩から、ひょっこりとラルが顔を出した。



「あら、ラル。おはよう」



 ラルは返事するかのように、きゅ、と鳴いて、アンジェリカのほうに飛んだ。胸のところに着地して、そのまま肩に登る。



「すっかり懐いたようだな」


「えぇ。可愛いことに。ラルはお留守番よ」



 ラルを引き離そうとするが、なかなか離してくれない。



「あらあら。一緒に行きたいのかしら」


「ラル、お邪魔ですよぉ。ほら、お留守番しましょうねぇ」



 ベルベットが参戦するが、ラルは離さない。



「ぐぐぐ……なんて頑固な」


「それ以上引っ張ったら、せっかくのお召し物が、破れてしまいますわ」


「なら、連れていくしかないようですね。クルト、いいですか?」


「別に構わない」



 二人の手が離れると、ラルがドヤ顔を浮かべた。



「では……行くか」


「いってらっしゃいませ」


「お気を付けて、いってらっしゃいませ」



 二人が頭を下げる。顔は見えないが、なんとなくベルベットはにやにやしてそうだな、と思った。


 アンジェリカは二人から目を逸らして、クルトを見る。


 クルトが手を差し伸べる。アンジェリカは、その手に自分の手を重ねた。


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